2017年

8月

16日

■ 「ラスコー壁画」展クロマニヨン人の世界

  世界遺産のラスコー洞窟壁画展、九州国立博物館にて。クロマニヨン人が2万年前に描いたとされる。フランスの西南部ラスコーにて1940年に発見された。
  牛馬など600を超える野生動物を中心に活き活きとした息吹を描く。顔料、工具など具材、遠近法を含む高い技法など観る人を驚嘆させる。(私を含む)今の現代人でもあの線刻はとても描けまい。
クロマニヨン人はヨーロッパを中心に4万年前から1万年前に生存、「ネオ-サピエンス=新人」と呼ばれる。「古代原人」ネアンデルタール人は40万年前から1万年前に生存した、クロマニヨン人との血続きはないとされる。

 

2017年

8月

15日

■ 街宣車、福岡市南区を走る

  私の選挙区(福岡5区)にはこの度、新しく福岡市南区の一部が編入されます。すでに関係者への挨拶など内々準備は進めておりますが、いよいよ街宣車にて表向きの活動も開始しました。
  衆議院選挙はいつになるか分かりません。この秋口という人、来年秋までないという人、見方はそれぞれですが、衆議院は常に「常在戦場」(常に戦場にあるが如し)、準備は万端整えておくことです。今回の新規追加地区は人口3万、有権者2万5000、私の選挙全体にとっても非常に大事な地区となるものです。皆様のご支援をよろしくお願い致します。

 

追加地区= 福岡市南区 < 日佐3丁目、警弥郷、老司、野多目4~6丁目、鶴田、弥永、弥永団地、柳瀬、柏原1~2丁目>

2017年

8月

14日

■ 核戦争を防ぐための「論理的帰結」〈世紀の暴論〉

■ 北朝鮮を「核保有国」として事実上認める。
■ 北朝鮮と政治折衝して外交関係を開く。
■ 経済支援はしない。国際的経済制裁は強化する。

  北朝鮮の金正恩委員長と米国のトランプ大統領との舌戦がエスカレートして開戦前夜にも擬せられる。北朝鮮はミサイル4機をグアムに向けて発射準備完了、日本の島根県など宇宙空間を横切るとまで言う。米国はイージス艦、THAADなど迎撃態勢を整え、日本もPAC3の配備まで終えたとする。
  この緊張下でも米朝どちらも決して先制攻撃はしない、何故なら、攻撃はした方が負けということを両者は共に分かっている。米朝2国の軍事力と国力は比較するまでもない、軍事衝突した瞬間に北朝鮮は消滅する。しかし北朝鮮は「報復能力」だけは確保している。北朝鮮は北緯38度線に1万発の報復攻撃手段を確保していると言われる。韓国ソウルを「火の海にして100万人を殺す」は大袈裟にしても、数千、数万の犠牲者(これには滞在米国人を含む、)が出ることは覚悟しなければならない。日本のどこかでも最低の犠牲が出るかも知れない。
  米朝で決定的に違うのは人間の命の価値である。米国にとっては1人(民間人)の命の巻き添えも許されない。よってトランプ大統領は如何に怒り、脅しても、北朝鮮の報復攻撃がある限りは決して武力行使はしない。韓国人と米国人と(あるいは)日本人が「人質」にある限りは武力行使は出来ない。そのことを知る金正恩にはトランプのブラッフはいささかも怖くない。北朝鮮にとっては、人間の命は多分、限りなく価値が低い。命を捨てた人間ほど強いものはない。
< 結局はどうなるか。>
  トランプは例の通りツイッターで脅しを続けるが、遂には勇ましい言葉も尽きてくる。北朝鮮は相変わらず核、ミサイル開発は続けるだろう。そして最後は遂には国内経済が保つかに掛かってくる。莫大な開発費、「先軍主義」からくる軍人費と軍事費、必ずや何処かで崩壊する、しかもその時期は遠くない。そのため国際社会は経済制裁を徹底的に維持、強化することだ、密かに北朝鮮を支援している中露は、糾弾し続けなければならない。
  北朝鮮の核軍事化は止まらない。すでに「核保有国」であり、その現実は認めるしかない。その上で政治折衝を始める。外交関係を進めて行く。経済援助はしない。いずれこの国は経済と財政で破綻する。そしてその内政混乱の中で、政治も民主化し国際化するかもしれない。ミサイルや核実験にいちいち感情的に反応しても、結局なんの成果も生まれない。 「核保有国」は今、米露英仏中の5大国だけが、何故か、認められている。さらにインド、パキスタン、イスラエル3国が、違法だが勝手に持っている。それぞれそのコスト負担に苦労していると聞く。これに北朝鮮が加わることになる。

  以上は、私の主張やイデオロギーではない、ただ現状を踏まえた「論理的な帰結」であって、良い悪い、好き嫌いではない、北朝鮮に屈したわけでももちろんない。少なくともトランプや金正恩のような愚かな指導者の感情に翻弄され、挙句、一瞬の偶発事故が何万の一般市民を巻き添えにするよりも、はるかに冷静かつ優れた帰結である。
  日本はその立場で対米、対朝外交に努力すべきである。もちろん自らの「核兵器禁止条約」の受け入れも大事だが、さらに大事なこと、今の世界不安を積極的に救うことこそが真に喫緊の選択である。

2017年

8月

13日

■ 中高生のオーストラリア派遣

  大野城市の中高生15人が短期派遣されてオーストラリアに行くことになり、その出発式が市役所で行われました。激励の挨拶をしましたが、私が会長を務める「(財)国際青少年研修協会」がその共催者となっています。
  私は「英語が聞き取れなければ、遠慮せずpardon, pardon meと聞き返すこと、外国を見ることは自分の成長を何倍にも早めること、いずれは本格留学を目指し将来の国際人になって欲しい・・・」などと言い、父兄に向かっては「可愛い子には旅をさせよ」の古い諺で元気付けました。遠い昔、留学の出発のことも思い出したところです。

 

2017年

8月

10日

■ 政府の農業対策(説明会)

  政府は8月8日、豪雨災害に対し総合的農業対策を発表しました。今次災害によって朝倉地区は経済、社会、民生あらゆる部門で大きな被害を受けましたが、とりわけ農業被害も甚大です。政府施策は、基本的には全て復旧費用は国が負担する(=激甚災害指定)ということを含めて広範に亘っており、その説明会がJA(朝倉農協)主催で行われました。
  発災(7月5日)後1週間にして安倍首相、山本農水大臣、さらに各大臣が現場視察に続きました。党本部での会合、農水大臣や官僚との調整など直接に関わった関係で、私が施策の中身を説明しました。これらの施策は (机上の空論でなく) 農業者の実際の被害や困難に具体的に生かされなければならず、JA事務局、農水省はもとより市や県行政の密接な連携が必要であることを改めて強調しました。

 

2017年

8月

08日

■ 河野新外務大臣、中国に直言

  「河野太郎」新外相のデビューはフィリピンでのASEAN外相会議であった。南シナ海問題において、他国は黙っていたが、河野外相はひとり堂々と中国の不法な侵入を牽制した。引き続き、日中外相会談が持たれた時、中国の王毅外相は露骨にも河野氏に向かって「あの発言には失望した」と言った。河野氏は切り返して、「中国こそ大国としての振る舞いがあるはずだ」と公海の航行自由、法の支配の重要性を強調して中国の覇権主義に自制を求めた。
  日本の対中外交では、実に長く待たれた対応であった。今までが大人し過ぎた、黙っていれば波風は立たない、しかしその際の日本人の誇りと国益はどうなったか。仮に今回が河野氏の挨拶代りとしても、今後には大いに期待が持てる。
  東シナ海の尖閣問題、ガス資源問題、戦後の歴史認識問題を含む余りに多くの問題がある。その上に日中二大国の揺るぎない友好関係が存在している。私は河野氏とは大変親しく、彼には日頃同じ思想を訴えてきた。仮に私がその場にいても同じ発言をしたであろう。
  中国の王毅外相は、河野氏の父河野洋平氏を引用したり、「米国の傀儡か」と言及するまでに河野氏をみくびった。外交では決して感情に走ってはならない、しかし迸(ほとばし)るほどの愛国心がなければ、その任は果たせない。河野氏にはその「愛国心」を具体の行動に移す勇気もあることをいみじくも垣間見せた。

 

2017年

8月

07日

■ 農林水産大臣への申し入れ

  朝倉、東峰村の豪雨被害を中心とする全国の農林業災害に対し、自民党の役員総出で「斉藤健 」新農水大臣に現状の説明と対策の申し入れを行なった。激甚災害法の指定に掛かる被害の補助対象の拡大、補助率のかさ上げ、被害査定の迅速化、流倒木対策など広範かつ総合的施策を盛り込んでおり、現況においては一応の災害対策となっているものと考えられる。政府としての正式発表は翌日(8月8日)に行われる。
なお一方で、全国を縦断中の台風5号の被害も非常に心配されている。

 

2017年

8月

04日

■ 将棋のJT(日本たばこ)杯始まる

  週末には将棋のJT(日本たばこ)杯が福岡市で行われますが、その前夜祭が行われました。プロの対局は森内九段 vs 久保王将で行われ、併せて子供達の選手権も行われます。今将棋界は、「藤井聡太四段」の活躍で大きなブームにもなっており、今回、子供選手権には例年になく1300人の申し込みがあったと報告された。私は「日本将棋連盟 福岡県連会長」の立場でお祝いの挨拶に立ち、「・・・・この将棋界の熱気を、朝倉地域の被災地の皆さんにも届けて欲しい」と結びました。私は将棋も囲碁も一応有段者です。

2017年

8月

02日

■ 自民党農林部会、朝倉の農地被害を視察

  朝倉市、東峰村の被災農地を自民党の農林部会幹部が視察した。農業は地域最大の基幹産業、その農業が農地の冠水、溜池の決壊、施設の破損、例えば柿果樹や博多万能ネギなどで大きな損害を被った。復旧のコストと時間、生活負担、高齢化などから離農の動きが懸念される。政府の強力な支援策で再び豊かな農業地帯に戻さなければならない。すでに「激甚災害」の指定も決まっており、その効果が一刻も早く出るように私も懸命に頑張っています。

 

2017年

8月

01日

■ 戦後史を語ろう。「博多湾引き揚げ」と「二日市保養所」

  戦後の福岡市「博多港」は全国で最も多く外地からの引き揚げ者を受け入れた。180万人に及ぶ。京都の「舞鶴港」も引き揚げ港として有名で「岸壁の母」の歌にもなっているが、その数は半分にも満たない。
  その博多港の「引き揚げ港」としてのレジェンド(記録)は、今や歴史の闇に埋もれようとしている。「引き揚げ」というあの戦争の痕跡は、功罪を含めてありのままに残さなければならない。

...

      「引き揚げ」の極く一部にさらなる悲劇が。外地で若き女子たち500人余を極限の不幸が襲い、密かに堕胎を余儀なくした場所こそが「二日市保養所」と呼ばれた。筑紫野市二日市、今年の5月14日、私も音頭に加わり本格的な慰霊式を挙行した。

      歴史、それは取り戻すことのできない事実である。時が経てば忘却が進む。忘れていいものと、忘れてはならないものがありとせば、「戦争」という人類の最大の不幸は、せめての懺悔を込めてしっかりと後世に伝えなければならない。人は去り、起こった事実は当然に風化する。

  かくして私は歴史の勉強には可能な限り参加することとしている。真剣な市民運動は何処にでもあり、下川正晴氏(元毎日新聞)など黙々たる学蹟が道を照らしていることにはいつも勇気付けられる。