2017年

3月

21日

■ 久しぶり、母校東大に

  本当に久しぶり、母校東大に行きました。柔道部の四年生送り出しという行事で、昼間はOBと現役との交流試合、夜には懇親会です。私も現役時代は懸命に稽古に打ち込み、「柔道4段位」を獲得、それなりに達成感をもって卒業したものです。
  半世紀経った今も、若い学生たちの活動ぶりは変わりません。挨拶に立ちましたので、明確な目標を持って勉学に励むこと、柔道部で得た仲間こそ終生の友人である、ということを先輩として話しました。
  帰路、暗くなった「赤門」の前で記念の写真を1枚撮りました。

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2017年

3月

20日

■ 浸水被害からの解放、「高尾川地下工事」始まる

  筑紫野市二日市地区で、高尾川地下工事の起工式が行われた。先立って殊の外厳かな神事が工事の安全と事業の成功を祈って行われたが、この工事が如何に困難でまた重要なものかが示されている。

  県管理二級河川「御笠川(みかさがわ)」の支流「高尾川」は筑紫野市二日市の市街地を貫流する。大雨、集中豪雨となると決まって満水、しばしば氾濫し沿線の民家、店舗の床上浸水を招く。氾濫を見舞う度に、なんとか助けてくれという悲痛な陳情が相次ぐ。高尾川の抜本的解決こそ地元の行政、政治の長年の悲願であった。...
  この度国、県、市の連携の元、遂に新しい工法で抜本策が講じられることとなった。住宅密集地を流れるため、高尾川は拡幅することも浚渫(しゅんせつ= 川底を深くする)することも叶わない、然らば川底から10メートルの地下に太い導水パイプを埋め込み、豪雨の時はそれを通して氾濫水量を他に逃すという工法、他に例を見ない工法という。技術的にも難しいが、工事費も莫大に掛かる、そこにこそ、筑紫野市と福岡県 、さらに国(国土交通省)との連携が必須となる。長年の政治的闘争を経て遂に起工式を迎え得たことは本当に灌漑深いものがある。古賀誠元代議士の力に負うところも大変に大きかった。

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2017年

3月

19日

■ 自衛隊入隊者、激励会

  この時期、自衛隊への入隊者を激励する会が各自治体で行われます。主催は「自衛隊家族会」、 最近までは「父兄会」と呼んでいました。溌剌とした若者たちとその親御さん、就職して新しい社会に入るのですからもちろん大きな喜びと、しかし不安も交錯します。私は挨拶に立つと、入隊へのお祝いを述べたうえで必ず感謝の言葉、 「自衛隊を選んでくれてありがとう」と繰り返すこととします。国を守る、防衛する、世界の平和を維持する、災害地復旧には最後まで頑張る・・なんと崇高な仕事でしょう。国民とすればだから安心して暮らせるのです。目には見えませんが平和とか平穏というのはそういうものです。だから、彼らの自衛隊入隊は本当に感謝です。
  その昔、 2、30 年前、自衛隊の家族の子どもが学校で虐められるという話が時々あった、一度は私の前で飲みながら泣いた人もいました。今は時代も随分変わりました。でも自衛隊の仕事の大事さ、厳しさは少しも変わりません。この若者たちが胸を張って現場で頑張れるよう、それは私たち国民が心から感謝を持ち続けることです。

 

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2017年

3月

16日

■ 嗚呼、ルパング島からの帰還、旧軍小野田寛郎(ひろお)少尉の戦後

  フィリピンのルパング島のジャングル奥には戦後盗賊が潜んでいた。村人への危害、銃器による殺傷事件もしばしば起こした。日本の敗残兵とは分かっていた。フィリピンと日本が合同で大規模捜索を重ねたが上手くいかなかった。
  「鈴木紀夫」という日本青年が一人で山探しをしてその敗残兵と遭遇した。旧陸軍の規律を以ってすれば投降してもよいと約束したので、後日、その儀式は実行された。兵は旧上官が軍律通り下令したのを受けて銃を降ろした。さらにフィリピンのマルコス大統領は彼への刑事責任を恩赦した。その儀式は大統領宮殿で挙行された。
  かくして1974年(昭和49年)3月、小野田寛郎元少尉 は旧軍人として日本に帰国した。戦争が終わって実に29年目、もちろん世界中が驚愕した。...
  日本政府はフィリピンとマルコス政権にいたく恩義を感じ、戦時賠償とは別に3億円の経済支援を決めた。しかし土壇場でマルコス大統領はその受け取りを拒否した、何故ならフィリピン国は単に国際道義を果たしただけであり、また小野田氏の軍律への忠誠心は新生フィリピン国民への模範足り得るもので、金銭報酬は馴染まないとした。最終的には民間の社会組織への基金造成に運用された。
  この小野田氏事案は、以後の日本とフィリピンの友好関係の増進に大いに役立つことになった。
  小野田氏はその後ブラジルに移住し農園開発に従事、一方、日本の社会教育にも大きな影響を残した。(NHK 深夜放送より)

  1975年だったか、私は米国ボストンに留学中、小野田寛郎氏がハーバード大学で講演されたことがある。ブラジルに移住される途中だったか。講演後、駆け寄り握手して労を労った。氏は和歌山県の出身で、私の妻が同県人ということで、そのことも話題で盛り上がった。

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2017年

3月

13日

■ 荘厳、「八丁峠」トンネルの貫通式

  福岡県のほぼ中心を縦断する道路、国道322号線「八丁峠 」道路の「朝倉市ー嘉麻市」間のトンネルが遂に繋がり、めでたくもその貫通式に立ち会いました。久留米と北九州を結ぶ幹線道路で、これにより人流、物流など県内の経済的発展は計り知れないものとなります。
  全長3.2キロメートルのトンネル、ほぼ真ん中地点が式典の場所で、私たちは朝倉市側、壁の向こうは嘉麻市側。私ら来賓が合図に従い点火ボタンを押すとダイナマイトの轟音とともに最後の岩壁が飛ばされ、ここに無事トンネル工事が貫通しました。厳かな神事と儀式が流れるように続き、工事の平安と事業の成功をひたすら祈ります。名誉なことに、手前朝倉市側は不肖私が来賓代表、向こう嘉麻市側は副総理の麻生太郎先生が来賓代表。渡り初め儀式では両サイドが中央部まで歩き寄り、まずは私と麻生氏ががっちりと握手、両市が初めて正式に繋がりました。小川知事や県議長、両サイドの知名氏の多くがこれに続き、ひいては万歳の大歓声が空洞内を大きく木霊しました・・・
  私は麻生氏の後に祝辞を述べました。一般的挨拶に加えてとっておきの発言、「大変個人的な話しで恐縮」 と断ったうえで、「実は私は嘉麻市で生まれ、今は朝倉市で活動しております。そういう私にとってこのトンネルの開通は、夢のような、いや文字通り夢の中にいる思いです。」とも発言して、会場に一瞬どよめきを与えました。
  このトンネル建設に向けては私も懸命に頑張りました。国会では麻生事務所と連絡しながら長期にわたって予算獲得など地元運動を手伝いました。今日のような形で成果を実感できることは幸せの限りであります。

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2017年

3月

11日

■ 大震災、6年目慰霊祭

  東日本大震災は6年目を迎えました。悲しいことですが、起こったことは止むを得ない、この悲しみと苦しみを皆んなで乗り切っていくことです。地元でいくつも会合がありましたが、私はどこでもそのことを呼び掛けました。
  太宰府市主催の防犯安全大会には、被災地 「多賀城市(宮城県)」から職員2名が来賓で来ていましたので、親友の「菊地健次郎市長」に激励を託しました。

 

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2017年

3月

10日

■ 東シナ海問題で中国を「国際仲裁裁判所」に提訴せよ

 自民党本部での外交経済関係会議。東シナ海で違法なガス資源開発を続ける中国を「国際仲裁裁判所」(オランダ ・ハーグ)に訴えるべきであるとの決議を採択した。この決議は今後外務省や総理官邸に提出し、政府としての具体的行動を促すことになる。
  東シナ海を挟む日中間の海洋紛争は前世紀から長く続いている。何度か合意らしきものは行われたが、結局中国はその約束を守らない。少なくとも両国で話し合い、協議をすることになっているが、中国はこの6年、一切の協議を拒否して一方的に乱開発を進めている。国の領土や海域を侵すことは国の主権を侵すことを意味し、厳しく咎めなければならない、韓国、マレーシア、ペルー、アルゼンチン、小国パラオまで、中国の漁船などの侵入には銃撃で対応した。わが国は平和外交に徹しており、まさか実力や武器は考えない、最後に残された平和的外交手段こそ国際的司法に訴えることである。国として日本は如何なる違法も許してはならない。
  中国は「法治国家でない...」と言われる。政治的、経済的、軍事的には徹底した覇権主義、拡張主義である。海洋紛争はあちこちで起こす。しかし、中国とて国際秩序の中にいる、しからば最後は国際法秩序の下で、その行為の是非、善悪を決めてもらおうではないか。これが今回自民党が取ろうとする主張である。わが国こそこの国に「法と正義」の重要さを正面から知らせる勇気を持たなければならない。

  「法の支配」こそ国際平和を守る最後の良識であって、人類の生んだ最高の知恵である、と私は確信しています。私はその確信の下で、懸命に動いています。

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2017年

3月

06日

■ 盛大、自由民主党「党大会」 、「優秀党員」に

  自民党の年次党大会が盛大に行われました。5000人を越す会場満杯の大会で、演出も行き届き、安倍首相( 総裁)の演説も全霊を揺さぶるように堂々たるものでした。党員として改めて自信と誇りを感じ、今年も内外多難な年となりそうですが、自民党とともに頑張ろうと考えました。
  なお今回私は「優秀党員」として表彰されました。特段の功績があるわけではありませんが議員歴が長くなったということらしい、しかし、ここは素直に感謝して今後更に頑張ろうと決意しました。

 

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2017年

3月

05日

■ 「独占禁止法」の運用について、(責任者として)

  『独占禁止法』(略して『独禁法』)とは大変いかめしい、怖そうな名前ですが、企業、産業は基本的に「健全な自由競争」が保障されなければなりません。そこにこそ経済社会の発展がある、それを守り抜くための最も基本的な経済法制こそ独禁法です。現代はグローバル経済で国境は 事実上存在しません、故に独禁法は全ての国で制度化され、国際的にはお互い連動しながら運営されています。日本では「公正取引委員会」が主として担当しています。巨大な企業が出てきて市場を独占したり、不当な経済活動で健全な市場活動を阻害するなどに対し厳しい規制、監督を行っています。
  私は自民党本部と国会において、独禁法の担当(「競争政策調査会長」)を長く続けており、その時々の法律改正や制度議論の際には、責任者として議論をまとめています。現在も法制度の運用について、公正取引委員会と民間組織(経済界、弁護士会、消費者団体など)との意見が食い違い、その調整に多少苦労しています。
< 写真 >自民党内での会議の主宰、さらには弁護士会(日本弁護士連合会)などにも出掛けて説明しています。

 

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2017年

3月

04日

■ 高校生が米国に渡る

  今世界が大きく動いている。トランプ大統領の登場は、実は衝撃的でもある。あれで本当に大丈夫なのかという不安と、政治家、やれば出来るのだという経験のない驚き。
  こういう世界の動きを、若い時代に体験させよう、という外務省の「青少年海外交流プログラム」。10日程度の短期間だがアメリカに渡り、各地を訪問、家庭滞在、高校生との交流、多感な高校生にはまたとない学習と体験の機会でしょう。今回地元の高校生が選抜され ました。私もはるか昔、高校生の時にアメリカ留学を経験、多くのことを学びました。今日の会食では、その経験談も少し話したところです。

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