2018年

1月

16日

■ 美容師「日本一」、世界を目指す

  堺 和晶(かずあき)さん。美容師、ヘアデザイナーとして全国大会で優勝、今秋には日本代表として「世界一」を目指します。日本一や世界一となれば気の遠くなるような目標ですが、「頑張ります」と力強く応えました。
  福岡県春日市出身。福岡県美容協同組合60周年祝賀会にて。

 

2018年

1月

14日

■ 中国が主権侵害、尖閣諸島に軍艦、潜水艦

  中国が日本の主権侵害。1月11日、日本の固有の領土、尖閣諸島の「接続水域」に初めて中国海軍がフリゲート艦と潜水艦を明示的に配置した。これは明確にも日本の主権の侵害であって、当然「海上警備行動」など防衛出動の議論となる。国は外務省を通じて中国に厳重抗議はしたが、中国に謝る雰囲気はない。
      外務省は更に、それでも日中交流は推し進め、首脳会談を進める方針は変えないなどと馬鹿なことを言っているが、主権を侵されながら、首脳外交にのこのこ出掛けて行く国の指導者が何処にいるか。逆のこと、日本が中国の海域を犯して、中国がその時どう出るか、考えても見よ。
      「日韓合意」問題はもちろん大事、しかし愚にもならない韓国を相手に血道を上げている間に、我が領土、主権侵害に切り込んできた中国には徹底した反撃を加えなければならない。中国がその版図(領土)を広げる上において、静かに既成事実を積み重ねていくいわゆる「サラミ戦術」を着実に採用していることに気を付けるべし。
     『一寸の領土を譲るものは全部の領土を盗られてしまう』、とするドイツの法学者ルドルフ・イェーリンクの警告(「権利への闘争」)を今こそ日本人は想起しなければならない。

注 「接続水域 」= 国連海洋法条約に基づき領海の外側22キロの範囲に設定する水域で、日本の法律が適用され、「無害通航」の通告がない限り領海を侵す行為として取り締まることが出来る。

 

2018年

1月

11日

■ 韓国 慰安婦問題「新方針」

  韓国は慰安婦問題「日韓合意」について、「破棄する」(再交渉する)ことは求めないが、「さらなる行動」を日本に求める、「10億円」は別途国の予算で措置するが、「あの日本拠出の10億円」は今後検討する・・・と意味不明の「新方針」を発表した。
  日本は当然ながら新方針に厳重抗議、「受け入れない。『合意』により最終的かつ不可逆的に問題は解決している。その誠実な履行を求める。」(河野外務大臣)とした。...

  論評するのも鬱陶しいが、要は国内向けに「合意」認めずや日本への不満を独り言しているだけで、日本政府の「1ミリたりとも動かない」と対応するのが正しい。ただ韓国はこれを機に慰安婦像を建て増すなど、いちゃもんつける動機にはするだろう。10億円については私が昨年12月31日fbで解説した通り。返してもらっても良いが、日本政府は受け取らない、何故なら「合意」は国家間で存続しており、もちろん拠出金は預けておいた方が無言の圧力になるから。

  2018年1月9日、韓国の文ジェイン大統領は奇しくも2つの大きな政治的行動をとった。南北対話では類い稀な執念と政治力を見せつけた。対日慰安婦問題では愚かしいまでの行動しか取れなかった。国家の指導者として、強さと弱さが併存する、真の孤独と困難とを一気に味わった忘れ得ぬ日となったに違いない。

2018年

1月

10日

■ 朝鮮南北会談ー平和への第一歩?

  韓国と北朝鮮が閣僚級会談を行った。表向き、冬季オリンピックへの参加問題が主題と言われているが、政治的、外交的にも大きな影響を残した。この会談は米国からすれば、北朝鮮を元気付け、折角の国際的制裁を緩ませるとして警戒していた。併せて強硬の米国と宥和の韓国とを競わせることは「米韓分断」という紛れなく北朝鮮の術中に嵌まることになる。米国と日本は事前にも事後にも、その危険性を韓国に厳しく伝え、会談の評価は当然に否定的なものになった。
  私はしかし、この南北会談は素直に評価してもいいと思う。閉ざされた北朝鮮を国際舞台に引っ張り出したことは、今後の平和的解決への環境造りともなる。軍交流も含めて、「誤解や偶発による戦争への危険性を極少化する」(グテーレス国連事務総長)という受け取りも参考にしておく必要がある。米国トランプ大統領との連帯と併せて、日本独自の思いがあってもいい。

 

2018年

1月

07日

■ 太宰府文化の顔、「貞刈惣一郎氏」逝く

  「貞刈惣一郎氏」が98歳で往生された。長崎市出身、戦後大陸からの引き揚げ後、高校教師を経て地域の史跡説明者として活躍、実に生涯、1万5000組、60万人以上の人々に太宰府政庁など郷土の歴史と誇りを伝道された。戦争と圧倒的多くの戦友を失った実体験から、とりわけ東アジア、日中韓の平和構築の研究にも余念が無かった。81歳にして佐賀大学に入学し3年を経て修士号を受けられるほど、努力の人、有徳の人でもあった。
  なお貞刈氏ら発案の郷土史研究会『太宰府文化懇話会』はすでに60年の歴史と実績を誇っています。現在私がその会長を続けていますが、氏の遺訓をしっかり受け継いで、さらに同会を発展させていかなければなりません。

 

2018年

1月

06日

■ 福岡市消防出初式

  福岡市の消防出初め式が行われ来賓として出席しました。昨年の選挙以来福岡市南区(一部)が選挙区になったこともあり、福岡市行事にも呼ばれることになったものです。150万人口を擁する福岡市だけに消防防災組織も巨大なもので、髙島市長、小川県知事の式辞も力の入ったものであった。

 

2018年

1月

01日

■ 1月1日本年も頑張ります。市長選には「木村じんじ」氏を

  平成30年が明けました。今日は初便で上京し、皇居での新年参賀に出席致しました。
  今年も国の安全保障、外交、経済運営、社会保障、更には朝倉地域の災害復旧、復興問題などに政治が集中致します。皆さまから与えられた使命をしっかり果たして参ります。

     1月には「太宰府市長選」が行われますが、私たち自由民主党は前太宰府市教育長「木村じんじ(甚治)」氏を応援し、混乱する市政を立て直して貰います。皆様のご支援をどうぞ「木村じんじ」氏にお寄せ下さい。

2017年

12月

31日

■ トランプ大統領、中国に激怒

  中国が北朝鮮に石油を渡している洋上での現場写真だかを衛星から送られて、トランプ大統領が激怒、通商問題で報復するとの発言も。ロシアも北朝鮮に石油供給していることは公然の秘密とされている。トランプ大統領は北朝鮮の制裁強化に懸命であるが、この種の安保理決議からの脱法、違反行為は後を絶たず、北朝鮮抑制の実効性は上っていない。

  トランプ氏は中国、ロシアの活動に大きな期待を寄せているが、これらの国の対北イデオロギーを思う時、過度な期待と依存は絶対禁物である。中国などに適度にあしらわれているのはむしろ痛々しいくらいで、米国がより独自の戦略を立てること、それを日本が、出来れば韓国が全面支援することが必要である。(私の本年最後の外交観)

 

2017年

12月

30日

■ 10億円は取り戻すべきか。慰安婦問題「日韓合意」(その2)

①   一昨年の「日韓合意」に「10億円供与」の記載がある。大きな金額であり、外務省になぜ払うのかと質すると、「合意」全体を誠実に履行し、とりわけ日本大使館前の慰安婦像の撤去を条件にしていると説明した。
      昨年8月頃、韓国で「慰安婦福祉?財団」だかが出来たというニュースが出た。併せて外務省の役人が来て10億円をその財団に払い込みたいと言うので、大使館前の像の撤去が条件だったはずだと詰問して、追い返した。その頃には釜山の日本総領事館前や竹島にも新たな慰安婦像を建てたとするニュースが流れていた。10億円の支払いについては外務省は何度も説明に来たが、「俺は反対するよ」と言い、現実に自民党の外交部会では反対演説を打った。
      韓国にはむしろ金を渡しておいた方が交渉しやすいという考えも現実にはあった。もらった以上は無言の心理的圧力になり、撤去への努力を加速する、金を戻せと圧力も掛けられる・・・。...
金は、結局10月には支払われた。

②    この度、2年目にして、韓国政府は「日韓合意」を破棄することを明らかにした。「合意」を誠実に履行することもなく、慰安婦像は大使館前撤去どころか、釜山や各地に追加建設をも果たしている。10億円の金はすでに「元慰安婦と称する人々」1人あたり200万円~1000万円支払い済みとなっている。

  この10億円の大金は、韓国が約束を破ったのだから即刻返せというのが筋である。日本政府はそれをどうするか。仮にそっくり返ってきたら、向こうはもう借りはないとして大使館前の撤去をもはや不問にし、「合意」破棄を当然のように主張してくるかもしれない。むしろ貸しを作ったままの方が今後の交渉には強く臨めるのではないか、そのための10億円なら安いものだ、と考えることもあり得る。外交関係とは、人間関係と同じで、様々な感情のもつれと狭間の中で決断される。

③   韓国という国は、約束も守らない、金だけはもらってそれを恥じとも思わない、本当に情けない国だと思われるであろう。「恥じを知る」とは古来日本人の守るべき最も大事な徳目である。「武士道」や道徳、倫理、修身の教えの中ではおよそ「恥を知ること」=「自ら身を律すること、礼儀、品性を守ること」と強調されている。より具体的には「不名誉なこと、卑怯なこと、見苦しいこと、人のせいにする事などを、しない」と書いてある。
  われわれ日本人も、もう一度自分を見直すことが迫られている。特に大企業の不祥事の頻発こそが日本人の道徳の頽廃を心配させる。

2017年

12月

29日

■ 啞然とする、韓国、慰安婦「日韓合意」を否定

  韓国政府の検証委員会が慰安婦「日韓合意」を検討し直した。あの合意は政府の外交を専ら優先させ、元慰安婦ら国内の意向を十分聞かないまま決めたものであって無効、いずれは再交渉、破棄すべきものと結論づけた。
  2年前、2015年暮れに日韓合意は結ばれた。慰安婦問題という本来全くの虚偽、虚構から始まった問題に対し真面目に取り組むこと自体無意味であったが、安倍首相のお詫びまでとられ、10億円という血税まで約束した。ソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去した上で「最終的かつ不可逆的な解決」になるという明示的な約束まで含んでいたが、直後の自民党の全体会議では、なお私ひとりが、あの国は本当に守るのかと限りなく慎重、反対の演説を打ったものだ。
      結局、どうなったか。10億円は直ぐに払い込み、慰安婦像は撤去どころか釜山を始め新像をあちこちに建て、ユネスコへの記憶遺産など反日運動の急先鋒に立ち、遂には大統領が変わると前政権の約束は反故に...するとまで言い出す。国家同士で締結した合意を後でひっくり返すというのなら、国家の決断とはなんぞや。この国のやることに強い不信感とその統治能力を決定的に疑うことになる。

      日本政府は当然にこの韓国政府見解を強く否定し、ひたすら「合意」の確認と履行を訴える。このつまらない問題で、とりわけ北朝鮮の核ミサイル暴発危機の最中に、今さら両国間で外交問題を起こして何がプラスか、この常軌を逸した韓国に日本は改めて唖然としている。

2017年

12月

26日

■ メリークリスマス(異聞)

  小学校3年だったか。当時は雪深い北海道に住んでいました。朝、目が覚めたら 枕元にプレゼントが置いてありました。包みを開けたらなんとスケートが入っていました。夢にまで見ていたピッカピカのスケートでした。どれほど誇らしく、毎日学校まで滑って通ったことか。もちろんサンタクローズのことはつゆほども疑いませんでした。
  私は今でも、クリスマスとかジングルベルの季節になると、まずあのスケートを抱いた瞬間を思い出すのです。クリスマスは、かくも楽しくも嬉しい。だから誰でも、メリークリスマスと言って心から祝い合うのでしょう...。

  ところが、実はアメリカでは、今はメリークリスマスとは言わず、Happy Holidayハッピー・ホリデー(「楽しいお祭り」)と言うそうです。そこをあのトランプ大統領が敢えてMerry Christmas や Very, very merry Christmasと連発したことが話題となりました。
<理由 > メリークリスマスはキリスト教のお祝いであって、他民族、他宗教にとっては相応しくない、民族を分断するのではということでハッピーホリデーということになったそうです。そこをトランプ大統領は敢えてキリスト教徒への親近感を強調するために「メリークリスマス」を繰り返した。時代はそこまで来た、メリークリスマスも今や強く政治的な意図で使われるようになったということです。

2017年

12月

25日

■ 全国高校駅伝大会

  京都にて。都(みやこ)大路の全国高校駅伝大会。今年も地元の「筑紫女学園高校」(筑女)の応援に行って来ました。この学校には昔、娘が通っており、当時から京都は私の年末の楽しみ行事となっています。県大会を勝って全国大会に出ることだけでも本当に大変なことなのですが、今年も全国堂々5位に入りました(8位入賞)。昨年は4位でその実力はすでに折り紙つきですが、まだまだ優勝までには努力が必要です。
  寒風が吹き荒び、大空を一身に抱き、コーナーごと大歓声を競い合う、広大な競技場スタジアム。眼下でははち切れんばかりの若鮎たちが覇を競うことで、私なぞ一年の雑念も一気にリフレッシュされたような気がしました。

 

2017年

12月

24日

■ 天皇誕生日

  皇居にての天皇誕生日祝賀会に出席しました。天皇皇后両陛下始め各皇族の元気なお姿には大変心強く思いました。雲ひとつない青空のもと、今年の参賀客は例年になく多かったといわれ、いよいよ天皇ご退位が迫ってきた感を思わせます。皇居に関わるたびに、日本人であったことの幸せを感じます。

 

2017年

12月

23日

■ 「中露は競争勢力」トランプ大統領の侵安保政策

  米国は安全保障政策の指針となる「国家安全保障戦略」を発表したが、中国とロシアを米国の国益や国際秩序変更に挑む「修正主義勢力」と断じ、強国間の競争が 戻ってきたと危機感を表明、国防予算拡大などを通じて、外交、軍事の強化を明記した。中国の南シナ海、ロシアのウクライナなどへの進出、侵略などを念頭におく。半面、日印豪3国との同盟関係の一層の強化を訴える。
  至極当たり前の方針であるが、トランプ大統領が就任して1年、とにかくこの大統領は落ち着かない、安定しない。北朝鮮の核ミサイル脅威に対する戦略は当然にしても、中露、とりわけ中国に過度に依存するなど、足元の定まらない姿勢が続く。中露こそ真の競争勢力という実相を知っていた、忘れていなかった、ことだけでも、今回の「戦略」は世界を安心させるものとなる。

 

2017年

12月

22日

〈破られた賞状〉国士舘創立 柴田徳次郎先生(その2)

  国士舘大学の剣道部は、全国大会で2位(準優勝)となった。翌日、選手たちは皆で柴田徳治郎学長に試合の報告に行った。頂いた賞状を学長に差し出したところ、学長はいきなりその賞状をまっぷたつに、続いてビリビリと破いてそれを床に捨てた。それをふみつけようとしたが、横にいた師範(指導教官)は学長に体を当てて、それだけは阻止した。
師範は床に落ちた賞状片を拾い集めた。別室に下がった選手たちは、皆泣いた。

...

  今、国士舘大学剣道部は全国大会でも圧倒的強さと伝統を誇る。大学道場の正面にはセロテープで補整されたあの賞状が掲額されているという。
(記念式典で孫の柴田徳衛、徳文さんの講演から)

2017年

12月

21日

■ 国士舘創設者「柴田徳次郎氏」顕彰碑

  福岡県那珂川町にて、政治家にして教育者、国士舘大学創設者の「柴田徳次郎氏」の顕彰記念があり、私も発起人として参列した。柴田氏は那珂川町別所出身、生誕127年にして今年は国士舘創設100年にあたる。氏の胸像と揮毫「誠意、勤労、見識、気魄」が公開され、公営広場の一隅が俄然と正気を放ち始めた。
  那珂川「町」は来年10月に「市」に昇格する。(合併でなく、人口増で)自律昇格は今や稀有の例だという。柴田氏顕彰は実は伸びゆく那珂川町を象徴するものでもある。...

  式典で私は次の発言をした。「・・・佐賀が早稲田の大隈重信を産み、大分が慶応義塾の福沢諭吉を産み、中に聳える勇県 福岡が柴田徳次郎を産んだのは、けだし偶然ではない。玄界灘に洗われた北部九州、アジア大陸の息吹きにどこよりも早く、どこよりも激しく 接したからである・・・」。

2017年

12月

20日

■ 沖縄の叫びと涙

  自民党本部の安全保障調査会。我が国のこれからの安保政策が議論された。ほんの数日前、12月17日、宜野湾市で、米軍のヘリコプターから窓枠パーツだかが小学校校庭に落下した。乗員の不注意による。校庭には子供たちが遊んでおり、寸手のところで事故は免れた。防衛省当局は、その経緯と再発防止策などを延々と説明した。米軍にも厳しく抗議したという。だからと言って、我々議員の心に響くものは何もない。
  沖縄からは自民党県連の照屋会長(県会議員)が特別出席をして現状を訴えた。それは文字通り血を吐く叫びとなった。「米軍が沖縄を守る、ということは誰も信じない。事故、事件がどれだけ続き、県民を痛めているか。それを全ての新聞が毎日、大袈裟に、大々的に書く、全て自民党が悪いと書く。これで選挙に勝てるはずがない。衆議院選挙でも負けた、これから市長選挙も県知事選挙もある・・・・」
  本当に気の毒である。政府も自民党本部も実はなす術を持たない。ただ分かりましたと応え、そしてそれでも国家国民のために頑張って下さいと手をあわせるしかない。沖縄を救え、と祈るしかない。

 

2017年

12月

18日

■ 囲碁、プロの胸を借りる

  議員の囲碁クラブでは年に2度ほどプロの指導を受けています。師走の一夕、東京の囲碁の殿堂「日本棋院」でプロの指導を受けました。プロは何人かを一緒に相手され(多面打ち)、終わった後、それぞれ並べ直して指導されるのですが、信じられない奥深さです。結果、5子置き、3目勝ち。(西田則一先生。多面打ちは後藤田議員と)

 

2017年

12月

16日

■ インド大陸を馳せる「グリーン・ファーザー」を求めて

  インドの3日目、意を決してグリーンファーザーの原点を目指すこととした。首都デリーを北に向かう高速をひたすら走ると、5、60キロより先ユーカリの並木が両側に延々と続く。この地には元々ユーカリは馴染まない、そこを天突くようなユーカリの整列が至る所に走る、これこそ杉山さんの発案ではなかったか。
      「パンジャブ自然地質研究所」を訪ね当てて所長のパルボド シャルマ博士と会う。古い話で所長も知らなかったが、所長からは方々に電話してもらい、心辺りに紹介も受けた。遂にハルヤナ州にあるスアコマジュラという寒村に到達、着いたのは夜9時前、300キロ以上を走ったことになる。訪ねたグルメル シンさんは村長格の家柄で、来訪者記録には何人もの日本人が杉山龍丸さんについてのコメントとその署名を明確に残していた。隣地は村の小学校で、その敷地には杉山さんが植えたとされる菩提樹がすでに大きく育っていた。この村人の先代達が、杉山さんの活動を支援し、杉山さんはここを拠点に数百キロ四方の荒地を懸命に緑化してまわったのだろうか。
      分からないことばかり、しかしあの大インド大陸の、その北部パンジャブ州だかハルヤナ州だかカシミール州だか、遂には村人にも辿り着き、一応の感触は得たことになる。300キロを走り戻って、ホテルに入ったのは深夜2時過ぎ、地方のインドを車窓から垣間見続けた1日でもあった。

  インドの3日目、意を決してグリーンファーザーの原点を目指すこととした。首都デリーを北に向かう高速をひたすら走ると、5、60キロより先ユーカリの並木が両側に延々と続く。この地には元々ユーカリは馴染まない、そこを天突くようなユーカリの整列が至る所に走る、これこそ杉山さんの発案ではなかったか。
     「パンジャブ自然地質研究所」を訪ね当てて所長のパルボド シャルマ博士と会う。古い話で所長も知らなかったが、所長からは方々に電話してもらい、心辺りに紹介も受けた。遂にハルヤナ州にあるスアコマジュラという寒村に到達、着いたのは夜9時前、300キロ以上を走ったことになる。訪ねたグルメル シンさんは村長格の家柄で、来訪者記録には何人もの日本人が杉山龍丸さんについてのコメントとその署名を明確に残していた。隣地は村の小学校で、その敷地には杉山さんが植えたとされる菩提樹がすでに大きく育っていた。この村人の先代達が、杉山さんの活動を支援し、杉山さんはここを拠点に数百キロ四方の荒地を懸命に緑化してまわったのだろうか。
      分からないことばかり、しかしあの大インド大陸の、その北部パンジャブ州だかハルヤナ州だかカシミール州だか、遂には村人にも辿り着き、一応の感触は得たことになる。300キロを走り戻って、ホテルに入ったのは深夜2時過ぎ、地方のインドを車窓から垣間見続けた1日でもあった。

 

2017年

12月

14日

■ インドで日印(日本ーインド)関係「グリーンファーザー」を訴える

  12月11日、成田から約10時間、インドの首都デリーに着きました。デリーでは4年に1度の国際交流大会「グローバル パートナーシップ サミット」Global Partnership Summitが行われ、私は主催者のビバウ・ウパデアさん、ほか自民党の二階幹事長にも勧められ出席することとなりました。
  大会は専ら民間の主催ですが、延べ2000人を越す大規模な国際大会で、地元のインドを中心に周辺のアジア諸国、アメリカ、ヨーロッパなど学者、実業家、政治家、行政関係者、マスコミ、若手の運動家と出身は多様、取り上げるテーマも政治、経済、金融、環境、スマートシティーづくり、ヘルスケア、技術開発など多岐に及びます。合間には欧米のミュージシャン、地元の伝統踊りなどの盛り上げもありました。
  私も日本代表として登壇しましたので、私は、日印関係の重要性、とりわけ過般のAPEC首脳会談で決まった「インド太...平洋パートナーシップ」の重要性を謳ったあと、今回密かに準備したいわゆる「グリーン・ファーザー」Green Father 伝を全力で訴えました。曰く「日本人杉山龍丸は1960年代前半、自然破壊と砂漠化により飢饉と貧困に喘ぐパンジャブ地方の人びとのために、日本の私財130億円を投じてユーカリの植樹をはじめとして開発発展に尽くした。広大な地域は緑化して豊かな農業地帯と変わり、パンジャブは今やインドにおいても最も豊かな地方のひとつと呼ばれています。人々には感謝の意を込めてグリーンファーザーと称されている。日印友好のシンボルとして末長くに伝えていくに値する話である。」

  大会2日目には、岸信夫 元外務副大臣が安倍首相のメッセージを祝辞として読み上げられました。(岸氏は安倍氏の実弟にあたります。) メッセージは多岐に及び、日印関係が政治経済全てに及びその友好関係を強めることが世界の平和と繁栄に貢献する道であるという内容で、さらに会は盛り上がりました。私も同じく登壇しており、演説の機会を頂いたので、前日とほぼ同じ、日印関係の重要性と合わせて「グリーンファーザー」の件も強調しておきました。続いて京都市長の門川大作氏(和服で有名)がインド・バラナシ市との姉妹都市関係について詳細な報告をされた。

2017年

12月

10日

■ アパ懸賞論文 発表

  第10回を数えるアパ グループ主催の「近現代史」懸賞論文の発表会が行われ、私はその審査委員として出席しました。元谷外志雄代表率いるアパグループは、日本を代表するホテルグループとなり、かつ今や世界市場をも目指す勢いですが、一方で保守論陣を支える行動派として幅広い活動を地道に続けています。毎年広く懸賞論文を受付け、その結果は内外に大きな影響を与えるようになりました。
  今回の最優秀賞は原子力放射能の健康被害について科学的に徹底分析をした東大の「稲(いね)恭宏」氏に決定、私はその論文に対しては「日本人のタブーに勇気を持って切り込んだ」と論評しました。

 

2017年

12月

09日

■ 「独禁法」改正に一歩

  私は自民党「競争政策調査会会長」をしばらく務めていますが、今日は大きな動きがありました。この調査会は「独占禁止法」(「独禁法」)を主として扱う組織ですが、今回「公正取引委員会」(「公取委」)の出すその改正案を検討するにあたり、産業界、弁護士会などから強力な対案が出た。原案はいわゆる「裁量的課徴金」の導入であるが、それなら事情聴取時での防御権やいわゆる「弁護士依頼者 秘匿特権」など手続き保障を法制化せよという弁護士会らの強い主張。公取委と関係者、関係業界との調整や交渉を半年以上、私が主として主宰してきたが、遂にまとめるに至らなかった。
  かくして年末を区切りに委員会を開き、今日までの折衝の経緯を説明し、来年以降の取り組み方針を決めた、曰く「手続き保障の法制化も目指す」として、法制化を視野に本格検討に入ることとした。
  法律議論自体、高度に複雑、困難にあり、また仮りに成案が出来ても、それが自民党や内閣、公取委、法務省などを通るかは甚だ不透明である。しかし、いかなる時でも、それが国家、社会のために正しいことなら死力を尽くすというのが私の主義でもある。

 

2017年

12月

08日

■ トランプ大統領、エルサレムに大使館を移す

  トランプ大統領がイスラエルの米大使館をテルアビブからエルサレムに移すと発表し、世界中が大騒ぎとなった。エルサレムとは、パレスチナ地域内でイスラム教、キリスト教、ユダヤ教という3つの宗教と民族が狭い所にひしめいて、超微妙なバランスの上に成り立っている場所、トランプ大統領は選りに選ってそこに米大使館を移し込むというのだからもはや正気の沙汰とは思えない。去年の大統領選挙中、それらしき発言はしていたが、メキシコでの国境壁を作るなどと同じ戯れ言としか考えてもいなかった。米国国内でユダヤ系が喜ぶ以外その意図がわからず、国際社会を自ら混乱に落とし入れるなど本当にこの大統領はどこまで愚かな人間なのかと、率直に思わざるを得ない。

 

2017年

12月

06日

■ 太宰府市議会選挙と民主主義

  地元の太宰府市議会選挙が行われ、自民党、保守系の議員は大方当選してくれた。今回の選挙はそもそも世にも珍しい。まず議会において現市長の不功績を突いて「不信任」を出したところ、満票で可決。市長は臆せず議会を「解散」したため、いきなりの市議会選挙となった。新しい議会でも市長の不信任案は直ちに成立し、その失職に伴う市長選挙が来年1月末に行われる。その選挙にも市長当人が立候補すると明言しているところが、また珍しい。
      太宰府市の政治的混乱は、やはり前回の市長選挙で最適でない人が当選したことに始まるが、この地を政治基盤とする私の不徳にも遠因があると認めざるを得ない。選挙は市民(有権者)にとって最も神聖かつ最高の判断であるが、当然その対価も市民が払うことになる。選挙で誰が出るか、そして誰を選ぶか、民主主義の本質が図らずも隠れ見えた瞬間である。
  選挙に直接間接に関わる人間は、私を筆頭に、一層身を律しなければならない。

 

2017年

12月

01日

■ 対外情報戦略を強化せよ

  自民党の「日本の名誉と信頼を守る特別委員会」(中曽根弘文委員長)では最近の国際的反日活動について活発な議論が行われた。外務省からの説明に続き、多くの議員から激しい意見が続出した。案件はユネスコの記憶遺産、慰安婦問題に係るサンフランシスコ市の決議、大阪市との関係、韓国の慰安婦問題国会決議、カナダ・オンタリオ州の南京事件記念日問題 等々、いずれも我が国にとっては極めて不名誉な事案であって、強力な対策が必要とされる。私も厳しい檄を飛ばしました。

 

2017年

11月

30日

■ 日馬富士、引退

  暴力事件の責任をとって、横綱日馬富士が引退した。複雑な経緯を経て、未だ真相判明せずであるが、彼の引退は当初から予想されていたもので大きな驚きはない。むしろもっと根底的なもの、「国技」としての大相撲が権威と品格を失っていて、それを内部では最早規律出来ないという懸念。要はモンゴル勢に席巻され、白鵬などモンゴル勢から虚仮(こけ)にされている事実。結局日本人力士が強くなるしか方法はないか、さもなくば「国技」という裃(かみしも)を捨てて一般のスポーツ組織(スポーツとは勝つか負けるだけが重要)になるか、という瀬戸際にある。

  横綱日馬富士の引退は、残念である。彼の伊勢ケ浜部屋は11月の九州場所では毎年太宰府天満宮に仮宿舎を構え、太宰府市民と最も近かった。私も関係行事にはしばしば駆り出され、日馬富士の大関昇進、優勝、新横綱土俵入りなどには親しく出席した。その横綱がこの形で引退することは個人的にも慚愧に堪えないが、もって瞑すべしか。

 

2017年

11月

28日

■ 高杉晋作VS勤皇の歌人「野村望東尼(ぼうとうに)」

  幕末から明治開国にかけては長州(山口)、薩摩(鹿児島)、土佐(高知)が大いに活躍したが、ひとり筑前(福岡)のみは目立たなかった。しかし多くの勤皇志士たちが、実は秘かに往来、活動した要衝こそ紛れなく筑前の地であった。太宰府天満宮、平尾山荘などで、「野村望東尼」は歌人にして、月照、高杉晋作、平野国臣、月形洗蔵など傷つき苦しむ多くの志士たちを懸命に支えた政治的女傑であった。

 

(高杉晋作) 「おもしろき事もなき世におもしろく...
( 望東尼 ) 住みなすものは心なりけり」


< 訳 おもしろい事もない世の中を躍動させるのは、新しい世を創ろうとする一途な心意気である。>

「 ひとすじの道をまもらば 手弱女(たおやめ)も ますらおの子に劣りやはする」
< 訳 一筋の道を懸命に生きてさえいけば、弱いと言われた女でも決して男などには負けはしないでしょう>

 

[ 太宰府文化懇話会 ]
講師は谷川佳枝子氏 九大文学部卒、野村望東尼研究者、谷川浩道西日本シティ銀行頭取夫人

2017年

11月

27日

■ 福岡博多港の終戦「引き上げ」を記録する

  福岡は今やアジアへの玄関口として、当然のように繁盛、発展しています。博多港には年間300隻に上る大型客船(クルーズ船)が中国などから停泊して、街は観光客、買い物客で溢れています。
      終戦前後は国のあらゆる地域で大きな混乱と困難がありましたが、博多港の引き揚げの事実を知っておくことは大切なことです。博多港が終戦時、外地からの日本人引き揚げ港として非常に重要な役割りを果たしたことは後世に伝えておかなければなりません。500人を越える不幸な女性たちがこの港に引き揚げて、「二日市保養所」に送られた事実も忘れてはなりません。

 

写真は福岡市 「博多港引き揚げを考える会」

2017年

11月

26日

■ 大相撲千秋楽、再起を祈る

  大相撲九州場所、日馬富士暴力事件など多くのことがありましたが終わりました。場所後は本格的に調査、処分が行われます。今日は事件には多分無関係の「田子の浦部屋」の打ち上げに呼ばれ、不調だった横綱稀勢の里、大関高安、田子の浦親方らには、来場所に向けて頑張れと激励してきました。

また誇りで胸を張れる『国技大相撲』を取り戻して欲しいものと願っています。

 

2017年

11月

24日

■ 大相撲の危機

  大相撲は決定的危機にある。今、大相撲は九州場所で我が福岡県人にとってはとりわけ縁が深い。30以上の相撲部屋の宿舎が県内あちこちに散らばっている。横綱、大関など有名力士も結構身近な存在となった。私なぞ場所前にはいくつもの部屋の激励会に呼ばれて挨拶をし、また千秋楽の夜には打ち上げや祝勝会などをはしごする。だから余計に悔しい。
      横綱日馬富士の暴行事件は刑事問題にもなる。相撲協会内の内紛も絡んでいるとかで単なるスポーツ選手の不祥事ではなく国全体の社会問題になってきた。最終処理や処分までには相当の時間が掛かる。
      横綱白鵬が12日目(11月22日)全勝の後1敗したが、行司の判定を不服として露骨な抵抗姿勢を見せた。全ての国民はびっくりして、眉を顰めた。...

この2事件は、相撲協会のガヴァナンス(統治能力)が決定的に弱くなっていることを意味する。日本の大相撲は実は単なるスポーツ団体ではない。それは日本の古い文化と神代からの歴史を一身に体現した日本固有の「歴史=国体?」そのものとも言える、ただ勝つか負けるかだけのスポーツ競技なら、これほどまでの儀式や作法は要らない。

  その大相撲は今や、土俵の実力においてモンゴルに乗っ取られて久しい、もう10年を越える。今回の事件の当事者がモンゴルの最強の2横綱だったのは偶然ではない、むしろ彼らだから起こせた、相撲界を制しているから、平然と起こす。協会は厳しく律せない、厳しく処分出来ない。ただ遠慮して増長させている。個人の素養や倫理感とは別物でもある。要はモンゴル勢が日本の国体を舐めている、というだけのこと。
      結局は全て日本人力士が弱い、だらしないからである。協会が弱気になる。だからこれからも起こる。結局は日本人が強くなるしかない、もしくはもう外国人を入れさせないか。

たかが相撲、されど相撲である。

2017年

11月

22日

■ 八幡製鉄(新日鉄)、入社49年目

  「八幡製鐵」に昭和43年に入社した者の東京同期会。同社は昭和45年に富士鉄と合併して「新日鉄」となりました。私は1年で退社したのですが、爾来いつも同期会には呼んでもらっており、彼らの熱い友情には感謝しています。もちろんお互い歳をとり、しかし会えばあの若き日に戻ります。早退する私を「フレーフレー、原田!」で送ってくれました。 来年は遂に半世紀、50年目の同期会となります。

 

2017年

11月

21日

■ 衆議院本会議、直前

  衆議院本会議の直前には必ず自民党の「代議士会」が開かれ、議院運営筆頭理事からその日の審議予定案件の説明が行われます(場所は院内第14控室)。普段は「代議士会長」の船田先生が議事を取られますが、今日は私が「代議士会副会長」として議事を進めました。議会というところは、法律とか条約とか全て議論のプロセスは延々と長いものですが、最後はこの代議士会、本会議を経て採決されます。
なお、だいぶ昔には、私が毎日その日の審議予定を説明をする議運筆頭理事を担当していました。

 

2017年

11月

20日

■ キルギス共和国、独立記念日

  中央アジアのキルギス共和国の独立記念日で、日本との国交25年記念日も兼ねたパーティー(帝国ホテル)に呼ばれました。私はキルギスとも深い縁があり、3度ほど訪問しており、多くのキルギス人のお世話もしています。
  未だ貧しい国ではありますが、近年には日本からの企業進出も増えており、何より中国の真裏に位置する中央アジアに強固な親日国家を作っておくことは大事なことです。駐日のチンギス大使は若くて活動的で、日本に懸命に溶け込もうと努力しています。議員連盟の中谷元会長らと共に、来春あたりに親善訪問する計画を立てています。
  鷹匠の藤田征宏氏も呼ばれましたが、キルギスこそ世界の「鷹」文化の発祥地だということで、私が大使と引き合わせたものです。テレビ取材にも答えておきました。

 

2017年

11月

16日

■ アメリカ大使らと挨拶

  アメリカ大使館のパーティーに呼ばれて、大使らと交歓した。ハガティー大使は実業家出身で、ケネディ大使の後任、着任したばかりで4、5ヶ月になる。トランプ大統領の期待が非常に大きいとされる。しばらく会話したが、なかなか歯切れよく日米関係もうまくいくのではないか。

 

2017年

11月

15日

■ 「地方国道」予算確保へ

  国会周辺は連日、地元や業界の多くの人の予算陳情活動で賑やいている。「九州地方国道協会」では九州全域200の市町村が予算獲得の共同行動を展開している。各県は代表都市の市長がそれぞれ自県の地域特性を説明しながら、災害対策、道路整備等今後の発展ビジョンを訴える。福岡県は新進の「倉重良一大川市長」が代表して、筑後地区道路網整備などの説明を立派に行なった。

 

2017年

11月

14日

■ インドの大砂漠を緑地化した『グリーンファーザー』を誇る

  日本が重工業化に取り組み経済先進国になろうとした1960年代、アジア諸国は未だ当然ながら貧しく飢えに苦しんでいた。1人の日本人がインドのパンジャブ地方に渡り、余りに広い不毛な土漠を目の当たりにした。飢饉では3年間に5百万の餓死者が出た、地方政治も為すべきことを知らない。日本人は国に持つ全ての私財(140億円余り)を投じて、470キロに及ぶこの荒地を26万本のユーカリの木で埋めて大緑地、大農地に作り変えた。3000キロに及ぶヒマラヤ裾野の荒地の緑化にも尽くした。人々はその努力と成果に大いなる感謝を捧げ、遂には彼をインドの『グリーンファーザーGreen Father (緑の父)』と呼んだ。

  その人とは元陸軍少佐『杉山龍丸(たつまる)』氏、福岡県筑前町の出身である。
      実はこの史実、インドの要人に聞いても今や余り知られていない。福岡地元においても今や知る人ぞ知るでしかない。私も知らなかった。2、3年前から...私は郷土の誇りグリーンファーザーのことを勉強する運動を始めた。偉大な先祖を知ることは、国を愛し、誇りに思い、自分たちが未来に向かって何を為すべきかを学ぶことになります。
「杉山満丸(みつまる)」氏は、当の杉山龍丸氏のご子息で、そのことで知り合い、今では私のかけがえのない同志です。

            ( 集合写真 左端は私、杉山満丸氏は中央の大きな男性です。)

2017年

11月

13日

■ 国際少年空手道選手権大会

  千葉県浦安市で国際少年空手道選手権大会が行われ、私は「大会名誉会長」として表彰式に立ち合いました。年齢は小学校1年から中学校まで、ネパールとパキスタンから多くの選手が参加していました。
  空手は型と組手(打ち合い)とがあり、一見危険に見えますが、基本とルールをきっちり守れば決して危険ではなく、心技体の三位(さんみ)を一体(いったい)として鍛える日本古来の武道です。流派はたくさんありそれぞれ立派な哲学と手法を持っていますが、2020年の東京オリンピックでは、統一ルールによる正式種目となることが決まっています。私は柔道選手として育ちましたが、同じ武道家として空手道を深く尊敬しています。

 

2017年

11月

10日

■ 福岡県知事らと朝食会

  福岡県知事、福岡市長ら地元の幹部と朝食会を挟んで来年度の予算編成の陳情を受けた。朝倉市など豪雨災害の復旧、復興予算も重点課題となった。
( 私からは中央情勢について説明した。)

2017年

11月

09日

■ アルテ・サロンHidg30周年記念と「出会いを大事に」

  ASHのブランドで内外にグループ 150店舗、1500人を展開するアルテ・サロンHldgは美容業界の風雲児として躍進を続け、今年30周年を迎える。主宰「吉原直樹」氏は 「人を大事に、出会いを大事に」をモットーに多くの企業と人材を育て、遂に「横浜から日本へ」という大なる目標を実現してきた。
  吉原氏は若い美容師たちを徹底して大切に扱い、いずれは「暖簾(のれん)分け」で 自分の店を持たせる手法は、人をして感動させるものがある。私も随分昔に、会社の労働争議だかで少し手助けしたことはあったが、その私を「人生の師」呼ばわりで紹介されると面映ゆいばかりで、これからも多少は手伝いせざるを得ない。

 

2017年

11月

08日

■ トランプ旋風、どう生かすか。

  トランプ大統領が来日して、日本の耳目を独占した。両陛下との会見、安倍首相とのゴルフと首脳会談、拉致家族との面会等々、都内の交通規制も含めてその存在感は際立つ。
       安倍首相との関わりは一層強くなり、安保、外交、政治、経済の全てで日米同盟の絆は揺るぎないものとなった。高く評価すべき。とりわけ北朝鮮問題、日米韓で制裁圧力を徹底することとし、中露への働きかけを強めることとした。貿易赤字を持ち出し厳しい二国間条約(FTA)を示唆したこと、防衛装備の輸入増を約させたことなど実利も忘れなかった。

  トランプ大統領が決定(当選)して丁度1年、型破りな経歴と性格で予想はされていたものの実際の言動はそれを越える。大胆な政策、時には非常識とも思える政策を臆せず発表する、それをツイッターで打ちまくる、その決定と実行プロセスは、外からは見えない、あたかも途上国の独裁政治さえ彷彿とさせる、しかしその実、今アメリカの経済と金融、雇用は絶好調、対北朝鮮軍...事方針は筋を通し、もしかして緻密な計算と人事の上に成り立っているのかで驚かせもする。

  いわゆる近代政治のプロセス、例えば政府と議会、経済界や地方の動き、マスコミ、国民の支持・・・トランプ氏の言動はわれわれが慣れ過ぎた政治プロセスからすれば理解を越えているが、この1年、その強烈な個性と何より「大統領制度」に支えられて特異性を貫いてきた。さすがに国内ではトランプ氏の危なっかしさが故に支持率40%を越えることのない低人気らしいが、アメリカ人は自分たちが選んだのだから文句は言えまい、ただトランプ大統領の挙手投足が全て直接間接に及んでくるからには、世界の国々とりわけ同盟国にとっては決して楽な付き合いではない。今回の訪日を踏まえて、さらにアメリカ政治を理解し、今後の日米関係をより良いものにしていくこととなる。

  かくして大統領機「エアフォースワン」は、つむじ風を残したまま、西の空に飛び去って行った。

2017年

11月

06日

■ 祖国ネパールを立て直す

  シェレスタ・光明・ミラン君はネパールからの留学生で、私の処に時折訪ねてきます。永平寺別院で起居し、東京の高校に通っています。祖国ネパールは、政治も動乱、中国の覇権圧力が強まり、宗教界も混乱の中にあります。
  敬虔な仏教学徒で、日本でしっかりと道を修めて祖国に戻り、この国を精神的にも豊かで誇れる国にしたい、と遠大な気持ちを持っています。遠くない時期に帰国を余儀なくされますが、これら異国の若者を育てるのも私たちの大切な役割です。私は自著に「苦難福門」( 福に至るには必ず苦難がある)と添書きしました。

 

2017年

11月

05日

■ 外国人・日本語作文コンクール

  外国から技能実習に来た若者たち(技能実習生)の日本語作文コンクールが行われ、10人から発表を聞きました。ベトナムと中国が主で、来日1年前後、未だたどたどしい日本語でしたが、いずれも日本の会社に勤め、懸命に勤務と学習を続け、慣れない社会と慣習の中で逞しく生きていることを訴えていました。
  共通するのは、日本人の社会はいずれも優しくて、自分たちを大事にしてくれること、自国に比べてもそう思うこと、また朝倉市の豪雨災害を一緒に経験した者も何人かおり、その際の日本人の沈着、協同した行動に驚いてもいました。多分嘘のない若者たちの言葉を直接聞くと、日本社会、日本文化の本当の素晴らしさを改めて自信に思うこと、「日本人は好き嫌いをはっきり言わない」(中国人)という指摘には大いに反省すべきと感じたところです。

 

2017年

11月

04日

■ カナダの「南京事件問題」

  カナダの「南京事件問題」は、私が最も注意してきた問題で、政府にも再三警告を与えてきた。7月には単身、トロントにも行ってきた。今日の産経新聞には私を名入りで取り上げていた。
  曰く中国人グループが南京事件を州法で「虐殺記念日」とするおぞましい反日運動を展開している。今回10月には「動議」による議会決議で済ませたが、彼らは執念深く法律成立まで運動を継続する意思表示と見なければならない。さらには隣りのマニトバ州でもその運動が飛び火している。日本としては今回の議会決議を撤回 させ、続いての反日活動を辞めさせなければならない。
  この問題、一事が万事、最初が大事と言ってきたが、間違いなく大きな国際問題に膨れてきている。外務省などには未だその認識が少なく、結局政治家の役割が大きい。

 

2017年

11月

03日

■ 「文化の日」と「憲法改正」、そして『大空と大地』

  11月3日、「文化の日」。この日は明治天皇の誕生日で、戦前は「天長節」、「明治節」と呼ばれていました。戦後、昭和21年11月3日には日本国憲法が公布され(施行は翌5月3日)、「祝日法」ではこの日を平和と文化の両方を目指すとして「文化の日」と定められたのです。
  福岡市にて「憲法改正を2020年に実現しよう」とする高校、大学の若者達の大会に呼ばれたので、私は今度の総選挙では目一杯、正面から憲法議論をテーマにして、国を守る、自衛のためには「自衛隊」を憲法9条の中に明確に位置づけよと訴え続けたこと、多くの有権者に支持を受けたことを説明しました。若い人々が、参政権の引き下げ( 18歳 )も含めてこれらの問題に関心を持つことがどんなに心強いかと結びました。
  戸外には、若い遊戯隊が待機していたので、私は『大空と大地』(松山千春)を歌ってあげて勇気づけ、一緒に記念写真を撮りました。

 

2017年

11月

02日

■ 忙しく(その2)

 

1・ 町村議長会の道路陳情 (東峰村議長ら)


2・ 「日田・英彦山線」復旧に向けて( 自見はな子議員、東峰村長ら)

 

3・ 「高島易断」代表の表敬訪問...


4・ 日本弁護士会役員との朝食会

2017年

11月

02日

■ 超、忙しくしております。

  お陰様で、国会でも忙しくしております。議会活動と併せて来客も毎日10組を超え、出掛ける処も多く、元気に対応出来ることは本当に有難いことです。

 

1 ・ 歴史遺跡発掘予算陳情 財務副大臣、文部科学副大臣など (太宰府市長同席)...


2・ アパホテル開業祝い

2017年

11月

01日

■ 真新しく、国会始まる

  総選挙を経て、新しく国会が始まりました。何度目の国会初日か、新しくバッチをつけて貰い、国会広場は初当選組などの華やいだ風景に溢れています。自分には大ベテランとしての余りに多くの仕事が待っています。心に期すものに身が引き締まる記念写真です。

 

2017年

11月

01日

■ 河川関連、予算陳情集会

  九州全域の市町村長が集まり、河川関連予算陳情への朝食会。一般討論の最初に私が挙手をして、「朝倉・東峰村豪雨災害」について現況報告、今後の取り組みへの決意とお願い、周辺自治体からの応援とボランティア人々への感謝などを述べた上で、「この時こそ日本人の絆と結束力の強さを感じます」と結びました。森田俊介朝倉市長も同席。

 

2017年

10月

30日

■ 福祉施設でのこと、「お父さん、病気はどうだ」

  福祉施設の秋祭りに参加しました。しばらく楽しい懇談の時間でした。別れようと車に乗った時、出口で私を呼び止める騒ぎ声が。職員に支えられて車椅子に乗った30過ぎの女性が、満面の笑みで。言語障害者か、何を言っているかわからない、車を下りた私に懸命に身振り動作で訴えます。父親の名前、母親の名前・・・、私にはすぐわかりました、その両親はその昔、私のために本当によく頑張って、今や年老い、病気で引っ込んでおられるが、その娘さんという。昔子どもの頃、先生のこと家でよく聞いていました、と懸命に言う。先生、選挙はおめでとう、一緒に写真を撮ってと訴える・・・「お父さん、病気はどうだ」と私は大声で尋ね、強く抱き締めてあげました。
  障害を持って、あるいは苦労かもしれない、でも明るい施設で大事に介護されて、あの笑顔一杯のご挨拶。随分昔に、両親らと一緒に選挙を懸命に戦っていたことを瞬間思い出したものです。

 

2017年

10月

28日

■ 「東京自動車ショー」(東京ビックサイト)

 「モーター 時代を越えて」(Beyond the Motor)と謳って、「東京自動車ショー」が今日は初日、開会式には皇室もお出で頂いた。今や自動車は、電気、自動運転、AI仕様、カーシェアリング・・・全く時代が変わろうとしています。経産省出身で昔の友人たちが各社の責任幹部として活躍していました。最新車種の運転席に乗ると束の間の夢に浸れたような。

(引率はスズキの鈴木俊宏社長ほか)

 

2017年

10月

27日

■ カナダ・オンタリオ州「南京事件記念日法案」阻止に向けて

  カナダ・オンタリオ州では中国系住民が中心となり、「いわゆる南京事件」を歴史的記念日にしようと粘り強い法律(州法)制定運動を展開している。自民党は今年の春くらいから、絶対阻止の立場で現地邦人と連絡をとるなど外交活動を行なってきた。7月中旬には、私は朝倉市の豪雨災害処理の合間に時間を作って、単身カナダ・トロント市に乗り込んで総領事館や邦人有志と綿密な運動も展開した。
  爾来、私は、夏には災害処理に追われ、また今般の総選挙を終えて10月25日上京したところで、今やオンタリオ州議会の動きが切迫していること、法律制定まではやらないが、議会の「動議」で「20万人」を明記した日本非難の決議をするという。私は外務省の現状認識が非常に甘いとして、徹底して動議への反対運動を続けること、(万が一それが議決された時は)瞬時に厳しい抗議と議決の撤回をカナダに対し申し入れよと要求した。また河野太郎外務大臣にその旨電話を入れ、厳格な対処方を直接に申し入れた。
  日本の外務省は対応が遅い、私はいつもそれを咎める。国の名誉と尊厳を守るためには、体裁や手続きを言う前に、まずガツっと一発相手方に抗議しなければならない、その時間こそが致命的なのだ。

 

2017年

10月

25日

■ 戦い終えて、日が暮れて

  選挙事務所を畳みました。ひと月弱の短期間でしたが、本当に素晴らしい場所を得て、思う存分活動し、最高の結果にも恵まれました。このがらんどうには未だあの活気と喧騒、そして万歳三唱の雄叫びが木霊(こだま)しています。

 

2017年

10月

24日

■ 神仏とともに

  私は選挙を11回も闘ってきましたが、常に心にあるのは神仏の守りです。どんなに危機にあっても必ずや助けてくれる、人智を超えたものは目には見えません。
  3年前の選挙では私への支援の中心であった久芳康紀さん、鬼倉幸一さん、岩崎親志君は、今や鬼籍におられますが天界から強力な応援を送って頂きました。

2017年

10月

24日

■ 天満宮崇敬会、総会

  太宰府天満宮 「崇敬会」の総会が行われ、昇殿参拝に続いて「余香殿」にて式典が行われました。宮司に続き私もご挨拶に立ち、天満宮の長久を讃えつつ、総選挙を終えて政治の責任の大きさを表明しました。天満宮は私の精神的支えです。

 

2017年

10月

23日

■ 感謝、「日本を語る会」大盛況

  10月23日、「日本を語る会」と称して政治資金パーティを開きました。選挙投票日の翌日という非常に微妙なタイミングでしたが、大枚はたいて多くの人々にご出席頂き、心から感謝の一言で す。
  実はこのパーティは2ヶ月以上前に企画し鋭意準備の最中に、突然の衆議院解散となり、今回の選挙戦に突入しました。時期的には選挙活動とそっくり被るので中止か延期も考えましたが、「先約守るべし」という年来の訓えに沿って粛々と準備を進め、お陰様で予定通りパーティを開けました。これもそれも、全ての人々のご支援の賜物であって、身の幸せとその責任の重さに改めて感じ入った次第です。

 

2017年

10月

22日

■ 厳しい選挙戦、当選ご報告

  大変厳しい選挙でしたが、当選致しました。必ずや、皆様のご期待に沿えるように頑張ります。
(法により、選挙結果報告のみを致します。)

 

2017年

10月

17日

■ 青山繁晴先生、激白

  私の応援に参議院議員の青山繁晴先生が来て下さった。先生は昨年初当選されたが、元々国家発揚の立場を貫く学者、マスコミ人としてはつとに有名であって、国会に来られてからは、私と思想信条がぴったり合うことで、非常に親しく交流していました。時々はその社会的影響力の強いネットなどで、私の国会活動などを非常に高く描いて頂いていたが、今回私の選挙応援にまでお世話になり大いに勇気付けられた。
  私の選対本部事務所、筑紫野市と大野城市の駅そば、都合3ヶ所で演説会、いずれも大入りの参加者で、青山先生の人気の実態が掴めました。歯切れの良い国家論で多くの皆さんは、満足して帰られ、私もずっと陪席してその言動も含め大いに勉強になったところです。

2017年

10月

16日

■ 防災服、街宣車で全域走破

  選挙戦もついに中日となってきました。世の中、政治熱が高まり、選対本部周辺の人間関係もうまく回り始めました。
  今日は1日、雨そぼ降る中、朝倉地区全域で街宣車に乗り、防災服に身を纏い、JA朝倉本所を含めて10ヶ所以上で街頭演説しました。とりわけ豪雨被災地に入ると、気を遣いつつも、仮設住宅の避難者向けての呼び掛けも実行したところです。
  日が落ちた夜半、雨と寒さの暗闇の中で、疾走する私の街宣車を沿道で、3人、5人、10人と支援者が、黙々と待って下さっていた。こういう人々がいる限り、私は国家に奉仕する闘いを決して止めることはありません。...

2017年

10月

15日

■ 鋭い目と嘴(くちばし)、鷹(ホークス)来る

  選挙事務所に本物の鷹の応援がありました。親友の「藤田征宏」氏は日本でも有数の鷹匠( たかしょう)で、茨城県で大きな飼育場を経営しています(「猛禽屋」)。私の選挙応援に精悍な顔の鷹一羽を帯同し、事務所の人々を激励してくれました。
  藤田氏は日本の鷹匠文化を「国の文化遺産」とすること、日本の鷹匠とアラブ諸国の王族たちとの本格交流を開くことを目指しており、私はそのいずれをも手伝っているのです。

2017年

10月

14日

■ 筑紫野市戦没慰霊祭

  筑紫野市戦没者慰霊祭が行われ、私は追悼の辞を述べました。遺族会の皆さんも確実に高齢化していること、北朝鮮の核ミサイル問題に対し安保政策を強化すべきことなどを読み上げました。戦争は決して起こしてはいけない、北朝鮮問題でも断じて武力衝突は避けなければならない、というのが私の心境です。

 

2017年

10月

13日

■ 県知事、応援で来訪

  事務所に小川洋福岡県知事が来訪され、激励の言葉を掛けられた。災害対応を含め、国会議員たる原田さん( 私 )への期待が極めて大きいと訴えられた。

 

2017年

10月

12日

■ 選挙運動、激化

選挙運動、激化

本格的選挙運動が始まりました。選挙運動には理屈は要りません、ただひたすら、訴え、票を頂く、それだけであって、その効果は神のみぞ知る。準備段階でこそ政治的な悩みはありますが、一旦始まると却って精神的には解放されるものです。
なかなか厳しい戦況ですが、皆様どうぞよろしくお願いします。私の文章、映像をしっかり拡散して下さい。「必勝から圧勝」を目指します。

 

2017年

10月

10日

■ 選挙始まる。まずは神事、続いて出陣式

  いよいよ選挙が始まりました。春日神社、太宰府天満宮、二日市八幡宮と三神社で厳かに必勝祈願(「三社参り」)を致しました。続いて本部事務所、朝倉事務所及び春日事務所で盛大な出陣式を行いました。
  選挙のように苦しい大事業では、最後は神社での儀式が必要になってきます。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉のように、人間としてやるべきことはやったにしても、精神的不安は決して拭えない、結局最後は神仏にすがり、その精神的補強をもって闘う態勢が整うことになります。
  かくして私も心身ともに万全な態勢で13日間の選挙戦をスタートすることが出来ました。必ず当選して、再び東京にも戻ります。

 

2017年

10月

09日

■ 朝倉地区、選対本部会議

  出陣式も明後日となり、選挙準備も大詰めです。朝倉地区選対本部も自民党、農政連、原田後援会三者がまとまり、本格稼働し始めました。同時刻には筑紫地区も選対会議を進めています。

 

2017年

10月

09日

■ 麻生副総理来る。明日、出陣!!

  遂に決戦の日がやってきました。本当に激しい準備の日々でしたが、条件は皆同じ、やるだけのことはやりました。今日は前哨戦、麻生太郎副総理の事務所来訪を受け、出陣前日が大いに盛り上がりました。私も思いの丈をしっかり話すことが出来、副総理もまたあの「麻生節」で多くの参加者を沸かせてくれました。
  「懸命に頑張れば必ず勝てる、更に頑張れば必ず『圧勝』できる」というスローガンを私は臆せず使っています。

 

2017年

10月

08日

■ 昼に歌う、商店街のお祭り

  ある商店街のお祭りに出掛けたところ、つい盛り上がりました。たすきを巻いて人々に愛嬌を振り撒いていると、カラオケの順番が来たという。肚を決めて歌ったのが演歌「旦那さま 」。大きな声で歌ったのですが、この昼日中、たすきをかけた前議員がステージの上で演歌を大声で歌う、恥じも外聞も無く。果たして知らない人が遠くから見たらどう思うだろうか。
  政治家というのは、いつも自分の言動に気を掛けており、つい反省したり、得意を感じたり。選挙だけは引っ込み思案では務まらない、目立ってなんぼの世界だと言われており、今日のカラオケも一応 成功と見なければならない。

 

2017年

10月

08日

■ あのウルトラマン、被災地に出現!!

  大挙してウルトラマンが現れる!! と大騒ぎとなったのは、被災地の東峰村。村民センターには大勢の子供たちと大人が集いました。ステージの上で、かっこいいウルトラマンのヒーローが多くの悪魔たちと格闘し、最後は投げ飛ばすのです。会場の子供たちは手を叩いて大喜び・・・・
  豪雨災害での被災地の子供たちを激励出来ないか、と東京で「円谷プロ」の責任者と出会った際、その話しが出たので、是非福岡の被災地に来てくれとお願いしたところ。お陰で、本物のウルトラマンがやって来ることになりました。私はウルトラマンのことは関心なかったのですが、今回その素晴らしさと有名になった道理がよく納得出来ました。

 

2017年

10月

07日

■ 農政連の推薦が決定

  農政連、農協は最大の支援組織ですがその推薦が決定、福岡市で推薦状の授与式が行われました。農政は言うまでもなく、国民にとって最も大切な分野ですが、同時に外国との交渉(TPPなど)や国内農家の 高齢化、後継者不足など深刻かつ構造的問題もあり、政治、行政面でわれわれ自民党の役割が特に大きいものがあります。今後一層頑張ることを誓約しました。

 

2017年

10月

06日

■ 健康管理を、看護連盟から力強い推薦状

  「福岡県看護連盟」から選挙への推薦状を頂きました。県民、市民の健康と安全、安心を守って下さる全ての看護師さんの応援を頂いたことで、勇気百倍、元気が心底、漲(みなぎ)ってきました。推薦状は、神前にて厳かに授与されました。 (代表 丸山真紀子さん)
  このところ選挙準備に忙殺されていますが、自らの健康管理についても改めて気付かされました。

 

2017年

10月

04日

■ 選挙準備、進む

  急な選挙ですが、やるべきことは同じです。準備態勢もようやく本格的となりました。役員会、事務所開きと神事、推薦者の往来、内部の事務連絡、報道関係との対応、資料作り、印刷処理・・・事務所内務は山ほどありますが、併せて外に向かっては街頭演説、集会参加、戸別訪問、ビラ配りと少しも待ってはくれません。民主主義とは有難いもので、選挙ゆえに、有権者=国民と懸命に接触し、彼らの意見を聞こうとする機会を与えてくれるのです。

 

2017年

10月

03日

■ 選挙準備(その2)

  選挙態勢作りも、一歩一歩、しかし着実に進んでいます。今日は九州電力グループの皆さんが300人ほど集合して、われわれ福岡地区候補者5人の必勝激励大会を開いてくれました。今の時期、どれほど力強い応援であるか、感謝の限りです。
  続いて、本事務所においては、自民党 蔵内県連会長始め県連役員が激励に駆けつけ、今後の応援を約されました。地元としてはこれらの期待にしっかり応えるべく身を引き締めたところです。

 

2017年

10月

02日

■ 朝倉の被災地の今

  朝倉の被災地を訪ね、被災者、関係者の窮状について直接相談を受けました。災害から3ヶ月、皆さんは精神的には平静を取り戻していますが、今ある目の前の現実に果たして取り組むすべ(術)が見つからない、という気持ちではないでしょうか。皆さんの苦しみと希望をしっかり受け入れて、その解決策を、選挙後には必ず国会で実現すると力強く応じました。
  私の予定に合わせて数人の報道関係も来ていました。

 

2017年

10月

01日

■ 誕生日お祝いの御礼。

  何百人のfacebookerに誕生日のお祝いメッセージを頂き、大変に嬉しく感謝申し上げます。私がこれだけ多くの人に大事にされていることを知ったことで、さらに頑張ろうと言う気持ちになりました。お一人お一人には返事は書けませんが、ここにまとめて御礼申し上げます。
  さらに、本当のお祝いは、10月22日、「選挙投票日」にこそお願い致します。実は非常に厳しい選挙戦を迎えており、全ての皆様に5人以上のご友人をご紹介頂ければ幸いです。

 

2017年

9月

28日

■ 選挙戦、必勝の態勢を

  9月28日正午、衆議院本会議で解散が宣告され、いよいよ本格的選挙戦が始まりました。自民党衆参合同総会にて安倍総裁(首相)の決意表明。麻生派での内部の結団式。最後に党本部では安倍総裁から公認証書の授与と写真撮影が行われました。
  大変に忙しい日程でしたが、いちいちが身の引き締まる思いです。事務所にもお客さんを迎え必勝の戦略を練りながら、気持ちはすでに選挙区での選挙戦にあります。
  民進党が大きく変わろうとしており戸惑うこともありますが、全ての選挙の常、自分の今日までの実績に自信と誇りを持って行動することが必要です。

 

2017年

9月

28日

■ 医療におけるAIの未来

  「医療と医薬品の未来を語る会」例会では『医療におけるAI(人工知能)の未来』と題してAI専門家の「井元剛」さんから3時間に及ぶ講義を聴きました。 井元氏はAI技術を内外最も広く実業に応用しておられる最先端の専門家で、講義後は熱心な質疑応答が続きました。AIは、率直私の理解を超えていますが、本当に遠くない将来に間違いなくAI社会が実現するということを実感した次第です。
  なお、後刻の懇親会では、全員で私の誕生祝いと「選挙必勝祈願」のサプライズ・ケーキが出されて、大いに感激したところです。

 

2017年

9月

24日

■ 嗚呼、「緑山こそ宝」小川前森林組合長を悼む

  「真の宝は緑山に在り」、これは福岡県 朝倉森林組合本部の掲額です。山と森林は日本の宝であり、全ての日本人はこの大自然に抱かれてこそ今日があるのです。 そして今、私たちの山、朝倉郡の山は、7月豪雨による災害で崩壊の渕に立っています。
  この災害で森林組合の前組合長 「小川稜人(すみと)」氏ご夫妻は被災、遭難されました。小川氏は終生を森林とともに生き、山を育て、人を育てられました。惜しみても余りある立派な人生で、私は本当に天を恨みました。そして日を経て、いやこの小川さんこそ今や「山の神」となられた、我々は決して負けてはいけない、小川さんが必ず山と森林と、そしてこの国を護って下さる、と思うようになりました。「真の宝」掲額は正に小川さんの天からの叫びなのです。

                    (朝倉森林組合の年次総会が行われました。)

2017年

9月

23日

■ 『「たすき一本」に「日本」を託す』。必勝への決意

  私の選挙運動はいつも襷(たすき)を掛けることから始まります。たすきを掛けることで、内外に選挙が始まったことを知らせ、とりわけ選挙の苦しみに自分を追い込むことを目指します。

  35年前、最初の選挙戦、私はたすき一本を背中に巻いて街路に出ることを決意しました。勇気の要ることです。貧しいが、しかしたすきには一銭もかかりません。国鉄の通勤電車でも実行しました。車掌に追い出されたこともありました。多くの人の注目と監視、あるいは蔑みを受けることは、私の精神力と自己顕示力を鍛えるに大いに役立ちました。選挙は3回落ちましたが、7回も当選させて頂いたのです。
  本日、今回もまた、全身にたすきを巻きました。国旗もはためいています(秋分の日)。本部事務所の大通りで、懸命に手を振ると大方の車からは 、お返ししてくれます。私にとっては何よりのエネルギー源です。昔、「原田さんを車から見た日は縁起が良い」と言ってくれた人もおりました。

 

2017年

9月

21日

■ 敬老会、福岡市で

  「敬老の日」には各地の敬老会に何箇所も出ましたが、新選挙区となった福岡市(南区)では初めてです。「老司(ろうじ)地区」、大票田のひとつで、この敬老会は私にとって当然に初めての人ばかり、相手から見れば私も全くの新人です。内心密かに心配していましたが、実際には皆様に大いに歓迎して頂き、感激の極みであります。
  大都市 福岡市だけあって、会場の規模も雰囲気も格段に大きく、これからの活動に対し身の引き締まる思いでした。福岡市議会議員「川上陽平」氏のご尽力に心から感謝します。
( 消防団の纏いの演技は川上市議ら )

 

2017年

9月

20日

■ 朝倉市幹部、上京

  朝倉市の森田市長、中島市議会議長、梶原副議長が急遽上京され、麻生財務大臣と大島衆議院議長に面会、7月豪雨災害のその後の情況説明とさらなる災害対策への陳情をされた。発災直後の激動は、市民生活も含め、落ち着きを取り戻して来ましたが、災害からの復旧、復興の困難さはこれからこそが本格的です。

 

2017年

9月

19日

■ アジア・太平洋国会議員連合(APPU)総会

  APPUという国際会議は議会主義を採用しているアジア、太平洋地域の国会議員の集まりで、すでに権威のある伝統的な組織です。その総会が大分県別府市で行われました。私は特段の委員ではありませんが、九州での開催ということで、日本、台湾、パラオ共和国という三ヶ国役員会に出席しました。それぞれ国情の違う三ヶ国が意見を開陳し、お互い交流親善を深めました。
  私は、最近の朝倉地区、大分地区の豪雨災害の状況を説明して、地球環境対策の必要性について発言したところ、両国ともその必要性に強く同意した上で、パラオ(国会副議長)は地球温暖化で海面の上昇に悩んでおり、同国への支援の強化を要請された。なおこの国際会議には台湾が非常に積極的で最大の代表団を送って来ており、代表( 国会議長)発言ではこれが「台湾(中華民国)」の名前で出ている数少ない国際会議であって、他の国際会議にも是非「台湾」の名前で出たいという率直な意欲を示された。

2017年

9月

18日

■ 遂に、衆議院解散、総選挙

遂に、衆議院解散、総選挙

身の引き締まる思いで、大ニュースを受けました。来月10月22日か29日の投票が事実上決まりました。一瞬強い緊張感が体を貫き、続いて極めて具体的な課題と懸念が頭の中を巡り始めました。議員たるもの、選挙への心準備は常に出来ており動揺するものは何もありませんが、然し「絶対に諦めない、絶対に手を緩めない」ということが自分の経験値から学んだことで、当然に前回以上の『圧勝』を目指して選挙態勢を組んで参ります。告示まで半月という時間的切迫はどの候補にとっても平等であって、むしろ普段の真面目さが実力を発揮するものと思います。
皆様のご支援とご指導をこそ改めてお願い申し上げます。

 

2017年

9月

17日

■ 大型台風、朝倉地区を襲う

  9月17日、大型台風18号が襲来し、朝倉地区には再び「避難勧告」まで出されました。結果、風雨とも大きなものとはならずとりあえず安堵しました。あの7月「九州北部豪雨」から2ヶ月半、朝倉市のその後の被災現場を見て回りましたが未だ傷痕の深刻さを改めて感じました。被災の人々とも話し合いましたが、様々の相談も受け、その解決への約束をして来ました。復旧、復興、生活回復・・・と彼らの苦しみはむしろこれからが大変です。

 

2017年

9月

16日

■ 敬老の日、「認知症にならない歌」

  今日は敬老の日、敬老会には10箇所ほどお邪魔しました。元気溢れるお年寄りばかりで、わが国の将来は益々大丈夫です。
  ある会場で「ボケない小唄」を皆んなで大合唱しました。原田さん、全国に広めて下さい、と言われましたので、お許し下さい。

 

2017年

9月

14日

■ 司法試験と「予備試験組」

  法曹(弁護士など)になるには司法試験の合格が必要で、この試験は今でも最難関のひとつといわれます。日本の司法制度が大きく変わったのは2000年から5、6年かけて行われた司法制度改革で、裁判員制度の導入、法科大学院の新設、司法試験制度の改革など、「100年?に一度の大改革」などといわれました。
  司法試験改革の委員会で最後まで揉めたのが、法科大学院には経済的理由などで行けないが、独学で司法試験を目指す道を残すべきか、ということで、法務省原案は原則ゼロ、仮に例外を認めても暫定的で数年内にゼロとする、というもの、全ての法学徒は法科大学院を経由すべしとの考えであった。これに異を唱え、最後まで反対したのが、実は私であって、大学院に行く余裕もなく、然し法曹たらんと情熱を燃やす人材を決して切って捨てるべきでないと演説を繰り返した。苦学しながら試験に挑み続けた自分自身と多くの同志たちのことを思っての一念であった。辛うじて「予備試験組」としてたしか「50人」だかの枠が残されたところまでは記憶している。
      毎年秋の合格発表では「予備試験組」の勢いが話題となり、私はいつもひとり、あの頃を思い出す。本当に良かったのか、悩むこともある。然し、いつの時代も、働きながらも、寝食を忘れ、懸命に目標を目指す集団があることも決して無駄ではなく、法科大学院生らと競いながらお互いを高め合うことこそ国家の未来にとって大変良いことではないか、と自分を納得させているのです。

2017年

9月

13日

■ 「精神疾患には予防こそ最優先」、ストレスチェックの勧め

  「医療の未来を語る会」は私が代表を務めていますが、毎月議員会館で定例の勉強会を開いています。今日の本題は「精神疾患(メンタルヘルス)」です。わが国では産業界で今「ストレスチェック」(stress check)というものが広く行われるようになりました。社会構造が複雑多様化し企業組織も激しい競争や競合に晒される時、それを支える社員、従業員に精神的疾患が出ることが多くなりました。もとより健康保険や労働保険など国の医療制度は一応完備していますが、いわゆるうつ病に代表される精神疾患問題は顕著に増える傾向にあります。

  そのため厚労省は一定規模以上の企業には従業員へのストレスチェック(事前調査)を義務付け、精神疾患の発症や発病を事前に把握して予防し、早期に対応しようとしています。今日は精神病理の専門医師2人から分かりやすく病理の原因と対策、「予防こそ全てに優先する」という話を聞きました。この運動は国民的に広げる必要があると強く感じました。

  なお国会議員やおよそ議員にはうつ病などが少ない、打たれ強い精神的レジリエンス(強靱さ)を持っているといわれ、確かに周りを見てもこのことは自分の実感にも合うと妙に納得したところです。             (講師は香山リカ医師と川口佑医師)

 

2017年

9月

11日

■ 「米朝対話」を急げ。日本も協力せよ。

  9月3日、北朝鮮が6回目の核実験を強行し、規模としては過去最大で、広島原爆の10倍、水爆の可能性もあったという。米国を始め日本、韓国は完全に態度を硬化、強硬策をさらに追加、11日にも国連安保理は新たな経済制裁を行う。中国、ロシアも北朝鮮を徹底非難しているが、対話の余地を残すべしとの主張を続けている。
  経済制裁を強化すること、石油、ガスを完全に止めることなどで、北朝鮮の核、ミサイル開発を抑え得るか、期待は余り出来ない、何故ならこれらを続けることで北朝鮮の腹はすでに固まっており、それを進めるに軍事衝突も辞さないとしている。一方米国のトランプ大統領も武力行使の可能性を隠さず、現実には一触即発の緊張が増しているといえる。遂には偶発事故が起こるかも知れない。
      私は、米朝が対話するしか方法はないと思う。米朝が直接の接触、対話するということ。米朝の駆け引きは、一見北朝鮮の粘り勝ちとも見えようが、全く悲観するに当たらない、それで戦争が避けられるのであれば、世界と人類のためにははるかに善である。先にも書いたが、トランプ氏と金正恩氏の勝負は最初から非対称である。トランプ氏と日米韓にとっては一人の一般国民の犠牲者を出すことも許されない。金正恩氏にとっては、何百人、何千人の犠牲が出ようとも国家護持のためには必要悪でしかあるまい。要は両サイドにとって武力衝突に伴い犠牲となる「人質」の重さが決定的に違うのであって、チキンレースとなればその結果は自明である。
      米国にとって、北朝鮮と対話することに恥ずるものは何もない。辛いことだが、北朝鮮の核保有をありのまま認めることは止むを得まい、ただ開発を止めさせるか、「凍結」(=現状維持)で折り合うか、やはり非核を追求するかが大事な争点となる。さらに北朝鮮が朝鮮戦争の「休戦協定」を超えて米朝「平和条約」を締結すること、韓国、日本から米軍の撤退を強くこだわる場合には、それこそ最高度の交渉力で事態の決着を目指すこととなるが、これ故に米朝対話を避ける理由にはならない。
      日本と韓国はどうか。もとより今になって北朝鮮の核保有の事実は否定しようはないが、それを国として公に認めるか否かは国内政治の問題である。半島非核化の旗はいささかも下ろす必要もないが、少なくとも北朝鮮の核保有の現実に立って新たな安全保障政策を組んで行くのは当然である。これを機に韓国には核武装の機運が高まるし、日本でも核にかかる議論が本格的に始まるかも知れない(「核ドミノ」)。私は核兵器の禁止、核拡散防止の観点から両国は断じて核保有を目指すべきではないと考えるが、新しいパラダイム(次元)において自国の安全保障を確保するために米国の核の傘だけでいいのかなど米国の核戦略をどう位置づけるかは日韓両国にとって死活の課題となる。
      今日までの北朝鮮政策には、日米韓の側に中国とロシアに過度に依存してきたことへの率直な反省がなければならない。日米韓の究極の目標が北朝鮮の「無力化」であるとすれば、中露は半島において北朝鮮の現状維持、コミットメント維持を目指しているといえる。目的も目標も基本が異なるのに、共同行動がうまく運ばないことはいわば当然であって、国連安保理の制裁決議ではいつも揉め、中国の輸出入、金融支援が北朝鮮の実際経済を支え、ロシアの軍事技術が実は核、ミサイル開発の母体となり、貿易、観光支援で国民生活を潤している限り、中露の役割には限界と偽善があることに気付くべきである。
      日本はもちろん圧力、経済制裁を徹底的に強めるべきであるが、然し如何なる理由であれ米朝の偶発的武力衝突からわが国民を戦火に晒すようなことは断じてしてはならない。そのためには米朝の対話を実現し、現下の核、ミサイル問題を政治的、外交的、平和的に解決することが必要であって、またわが国はその実現に向けて高度の外交戦略を駆使すべきである。

2017年

9月

08日

■ 農林水産大臣へ陳情

  豪雨の災害対策に関し朝倉市農業関係者が上京したので、農林水産省、自由民主党への陳情活動を引率しました。発災後2ヶ月経ち、地元では大きな傷あとに苦しみながらも平静を取り戻して懸命な復旧、復興努力が続いています。この2ヶ月間の地元関係者の努力はもちろんですが、近隣行政、全国からの援助、ボランティア、そして何より政府と自民党の対応も「激甚災害地域指定」を含む政策的対策が一歩一歩進んでいます。
  農業分野も被害が甚大ですが政府政策も進んでおり、地元はそれらを更に一層加速すべきとする要請を持っています。斎藤農水大臣、二階自民党幹事長ら指導者からは一層力強い励ましの言葉を頂き、陳情団揃って勇気と希望を頂いたところです。

 

2017年

9月

07日

■ 世界柔道選手権 ブタペスト大会、圧勝

  ハンガリー・ブダペストでの世界柔道選手権大会、日本は圧倒的成績を残しました。日本が強くなったのか、世界が弱くなったのか、正直わかりませんが、再び「柔道ニッポン」が復活したことは嬉しい限りです。
  なお、この代表団壮行会( 7月26日、講道館 )で締めの「万歳三唱」を率いたのが私で、少しだけ自慢をさせて頂きます。

 

2017年

9月

07日

■ 柔道整復師会 記念式典では

  福岡県柔道整復師会の創立記念日で祝辞を述べました。「柔道整復師」は「接骨医」、「ほねつぎ」として国民に広く親しまれ、地域の医療現場ではすでに重要な役割を担っています。わが国独自の医療技術として長い歴史を経ていますが、この医療業務が国民健康保険や労働災害保険の適用を得るまでには戦前、戦後を通じて先人達の血の出るような闘争と苦労の歴史があったこと、一方で医師会や隣接医療業との間で微妙な分野調整があることなどを話しました。
  また全く個人的な話として、自分は一貫して柔道で育ち、昔の柔道場では常に先生(師範)が接骨医であったこと、有名な東京「花田学園」にも縁があったことなどを付け加えました。

 

2017年

9月

07日

■ 子供たち、腹一杯のご馳走を

  「博多食文化の会」(メゾンデヨシダ 吉田安政氏ら)が毎年主催する児童養護施設の子どもたちへのご馳走会、今年も盛大に行われました。親がいない、親と一緒に生活できない子どもたちは、全国で4万5千人いるそうですが、彼らは各地の「児童養護施設」で生活しています。
  福岡市を中心にしたレストラン、流通関係者が毎年1回、300人ほどの子どもたちを呼んで腹一杯のご馳走を振舞います。今年で27回目を数え、今年は韓国釜山からも30人ほどが招待されました。  子どもたちは健気にも懸命に生活をして社会に出て行きますが、乳幼児も含め、一人ひとりの素直にも明るくて屈託ない表情を見るとつい涙に誘われます。私も本会は随分前からの応援者です。
  なお、私はこれら児童施設の子ども達に成人前(無料で)「自動車運転免許」をとらせる運動を展開しており、本会でもその報告を受けました。

 

2017年

9月

03日

■ ワールドラグビーと子供たち、TOSS運動のこと

  2019年のワールドラグビーは日本で開催されますが、試合は福岡でも行われます。福岡は元々ラグビーの非常に盛んな所で、企業ラグビーもまたあの五郎丸選手や福岡堅樹選手ら多くの有名選手が出ています。来たる世界大会を地元から盛り上げ、また地元のラグビー少年を教育の観点から鍛えようと「ワールドカップ推進教育セミナー」が企画されて今年で3年目、私も応援しています。ラグビーボールを使っての室内体操など、私にとっては初体験でした。
  TOSS という教育組織の主催ですが、学校の教育現場の指導法、指導技術を高め、それを交換、共有する (skill sharing)ことで教育効果を高めようとする全国組織で、多くの現役教師が参加しています。私は提唱者の「向山洋一」氏とは若い時からの友人で、いつもその努力に声援を送っています。
( TOSS =Teachers' Organization for Skill Sharing )

 

2017年

9月

01日

■ 「米朝対話」を急げ。敢えて言う。

  北朝鮮がまたミサイルを発射した。北海道の上空を通りその沖合1200キロの海に落ちた。日本は政府も直ちに対応し、自治体もJアラートなどで応じた。日本の上空通過は5度目、非常に深刻な事態と受け止め、政府は厳重抗議し、国連安保理の新たな制裁措置も決まった。中国、ロシアの協力が得られて安保理決議が有効かどうか、楽観は許さない、安保理の制裁決議は9度目になる。日米韓の軍事的態勢は一層整ってきた。
      対北朝鮮政策は「圧力と対話」を織り交ぜてきた。私はここで「米朝対話」を敢えて主張したい。決して朝鮮の圧力に屈した訳ではない。対話するに米国は北朝鮮と条件は付けない、しからば北朝鮮の事実上の核保有を呑まされるかも知れない。何故なら北朝鮮はすでに紛れなく核を保有しており、インドやパキスタンのように「核拡散防止条約」(NPT)の埒外の「核保有国」であって、もはやそれは米国の認否と関係ない。確かに米国にとっては辛いことではあるが、逆に国交開始に結びつく可能性も出てくる。この国の懐に飛び込むことになり、より正常化された米朝関係の中でこの国の内政、核管理も含め、より内側から監視することになる。2500万の人民を開放出来るかも知れない、日本の拉致被害者を救出する手掛かりが見つかるかも知れない。
      今までの北朝鮮戦略の失敗と反省は、日米韓が中国とロシア、とりわけ中国に依存し過ぎたこと。中露には北朝鮮を本気で排除する意図はない。北朝鮮に最も地政学的利害を見出す中国が金正恩の斬首を目指すはずはなく、トランプ大統領もそろそろ中国の思惑が実は米国とは真逆だということを気付かなければならない。
さらに米国が北朝鮮の懐に飛び込めば、世界覇権を目指す中国のアジア戦略、世界戦略に対する決定的な対策にもなる。
      一方、日本と韓国は、北朝鮮の核保有に反対し続ける。核保有は決して認めることはしない、朝鮮半島の非核化は叫び続けなければならない。日韓両国はまさか核保有を目指すことはないだろうが、徹底した国防により自国民を守りぬくことは当然である。いつの日か北朝鮮の非核化を実現できるのならそれが理想である、しかしさらにもみ合っているうちに北朝鮮の核開発は一層進む、一触即発の危険は一層増大する。「米朝対話」は結果的に北朝鮮の核保有を認めることに連なるが、一方で核開発とミサイル発射のたびに真剣に反応し、抗議と安保理と経済制裁を繰り返し、遂には偶発的武力衝突の可能性が増すことを思った時、「米中対話」は一つの有力な選択肢となり得る。米国にそのことを働き掛けることも日本の役割ではないか。

  なお、ナチス・ヒットラーに領土覇権を譲ったとされる英国のチェンバレン首相の「宥和外交」(1938)と比喩されないか。断じて背景は異なるが、もちろん如何なる検証をも済ませておかなければならない。

2017年

8月

30日

■ 商工会議所会頭ら経済大臣に陳情

  朝倉市の商工会議所会頭、商工会会長らが災害の復旧、復興を目指して政府に陳情に来られた。豪雨災害で120企業が被災し、全域で100億円の損害となり、今や懸命の努力を続けている。世耕経産大臣、田村観光庁長官ほかと面会し、被災の現状を説明、様々政策的支援を訴えました。

 

2017年

8月

28日

■ 叙勲の祝いで「天国の母へ」

   朝倉市の「小西恭博」さん(82才)が「旭日双光章」を叙勲されそのお祝いが盛大に開かれました。小西さんは全盲ですが、あんま、マッサージなどの業界では役職を重ね、また障害者、視力障害者の社会的立場を強化、地域社会の発展にも大きく寄与された。政治、行政への指導協力も大きく、私も公私大変お世話になったものです。盲人が持つ「白杖」(はくじょう)は今や全国で一般的となりましたが、これも小西さんらの運動から始ったと言われます。
  小西さんが挨拶された。「・・・・私は一度も日の光を見たことがありません。私を産み育てた母は、そのことを死ぬまで悩み、謝っていました。しかし私を多くの兄弟や友だちに負けないように、どんどん外に出ろと育ててくれました。私は母の教えを今まで守ってきました。この叙勲という栄誉を、天国の母が一番喜んでくれていると思います・・・」
      小西さんは本当に根っ子から明るく、積極的で、何事にも前向きで、接する我々こそがいつも元気と勇気を頂くのです。皇居での天皇皇后ご拝謁の折、畏れ多くも天皇陛下が小西さんに歩み寄りお言葉と暖かい握手をして頂いた、との内話を不肖私が祝辞の中で披露したところです。

2017年

8月

27日

■ 議員連盟「日本の明日を創る会」(その2)

  「日本の明日を創る会」に出席した。翌日の新聞などには安倍内閣への不満分子の集まり、倒閣運動ではないかと書くものもあった。とんでもないことである。新聞やマスコミは勝手に決め付けて書くが、政治家、議員というのはそれほど柔(やわ)ではない。みんな自分で考え、自分で行動する、政治に不満があれば、当然発言する、人に言われてどうこうするのを嫌う。
  私は勉強会、議員連盟の類いには実は何十も入っている。自ら信念に基づいて選択する、極右もあれば、共産党なのも厭わない、それが国や国民のために役に立つのなら、政治家として当たり前のように行動する。政治家とは、有権者、国民に 直接応えられればそれでいいのだ。

 

2017年

8月

26日

■ 議員連盟「日本の明日を創る会」への出席

  「日本の明日を創る会」に出席した。政治評論家 森田実さんの講演を聞いた。吉田内閣にまで遡り、戦後政治の中で自民党が果たしてきた役割を踏まえて、今の自民党は少し元気がない、しっかり発言し堂々と行動した大先輩たちに学ぶべき、支持率低下には総選挙を急ぐべきということを話された。
  なおインドのガンジー首相の残された言葉「7つの罪悪」を政治家の要諦として示された。数年前、国会出張でインド訪問の時、ガンジー邸に立ち寄ったことを思い出しました。

 

2017年

8月

25日

■ 〈世紀の暴論〉(その2)米朝関係、戦争、核戦争は「絶対に起こさせない」

  米朝関係がグァム島危機で一触即発の時、8月14日、私は「世紀の暴論」と冠して一つの文章を書いた。多くの関心を得たが、率直に評判は良くなかった。原田さんともあろう人がと言う人もいた。しかし私は書いた、これは私の意見や主張でない、それは単に「論理的な帰結」であって、戦争、ましてや核戦争を防ぐにはそれしか残されていない、と。
      北朝鮮のグアム島攻撃は、予想通り、なかった、何故なら米朝どちらも先に手(武力)は出したくないから。米トランプ大統領にしては、先制攻撃して金正恩体制を潰すのはいとも容易い。しかしその時は韓国ソウルは「火の海」になり何万人かの犠牲者は避けられない。それでも北を潰した方がいいとトランプ氏は考えているかもしれないが、さすがに周りが許さない。一方、金正恩委員長にしては、国を守る、国体を守り抜くには核武装、ミサイルは絶対的に必須である。米国攻撃はあくまで示威運動で、まさか本気で撃つつもりはない、しかし12000キロを飛ばして米本土に届くことを見せつけなければ脅しにならない。

  グァム島危機がとりあえず遠のいた今、国際社会では米中が話し合うべき、直接交渉すべきという声に満ちてきた。実はトランプ氏も金正恩氏も本心はそれを渇望しており、お互い言葉を弄して呼び掛けている。では何が難しいのか。ただ一点、米国は北朝鮮の非核化が絶対条件という、即時又はいずれかの時点で核廃棄するのなら、米国は直ぐにでも北朝鮮と話し合いに入る。一方北朝鮮も、ただ一点、非核化が前提となる限り米国と交渉はしない、核保有こそが体制維持の絶対要素であるとする。両者に折り合う余地はない。
今後とも北朝鮮は、更に核開発を続けるだろう。ある時はまた再び、グアムを撃つと予告する、日本の何処かの上空を飛ぶと脅す、当然日本はイージス艦で迎撃体制を作り、地域社会もJ アラートなどで危機対応を急ぐ・・・。国連安保理は経済制裁を強化する、それを繰り返す・・・・。しかし結局、効果は出なかった。出ないはずである、中国もロシアも、制裁するどころか、密かに支援を続けているのだ。

  そして最も恐れること、こういう「ゲーム」(と私は敢えて言うが)を繰り返すうちに、遂に偶発的な衝突が起こること。あの二人の指導者でこそ最もこの衝突は起こり得る。

  ここで敢えて問う、「事実上北朝鮮の核保有を認めることは不可能か」。米朝が遂に接触し、米国が北朝鮮の懐に入り込む、内側から核開発への監視を続けることになる。イスラエル、インド、パキスタンの(違法な)核保有への監視はかくして平和裡に行われている。
      一方、朝鮮半島の非核化目標はいささかも挫けない。日本と韓国にとっては北朝鮮の核保有は決して認めない。しかし今や北朝鮮の核保有の現実を否定する者はいまい。現実を認めない、認めたくないという主観は皆持っており、この現実を受け入れることは身を切る以上に辛いことだが、しかし一歩その現実に立てば、全く新しいフェーズ( 局面 )が見えてくる。やることは山ほど出てくる、北朝鮮と外交を結び、この国を国際社会に引き出し、国の内政や民主化を見届ける。横田めぐみさんらを救い出すことも出来るかも知れない。あの国の不遇な国民2500万人を人道的に救うことも出来るかも知れない。もちろん経済制裁は頑として続け、決して安易な経済支援はしてはならない。
      今日までの北朝鮮政策の最大の失敗と反省は、日米韓がその解決を中国とロシア、取り分け中国に頼り過ぎてきたことである。想起すべきは、中国には世界戦略、アジア戦略の中で、朝鮮半島の現状を「維持すること(status quo)」が自明の目標であって、中国が進んで金正恩の排除を目指すなどあり得ない。北朝鮮を事実上支配下に置いたまま、日韓と対峙し米国と向かい合うことを最上の外交としている。トランプ氏は健気にも習近平氏こそが救世主と崇めたり、頼ったりしているが、中国はただそれを嘲笑している。

  むしろ中露に頼らない、ある時は中露抜きの米朝協議こそ私の言う「論理的な帰結」であって、それはトランプ氏の持って生まれた蛮勇に頼るしかない。米国が北朝鮮を取り込むことになれば、それこそ中国は慌てる、世界を席巻しようと企てる中国の壮大な野心は足下から崩れてくる。韓国THAADでの中国の慌てぶりを見れば米国の行動はその比ではない。
      日本の安全保障は、基本が変わることはない。これら東アジアの不安定を踏まえ、国民の安全保障への意識は飛躍的に高まり、それが自国の総合的な防衛力を支えていく。当然に引き続き、核廃絶を訴えて北朝鮮には対応するが、今こそ「核兵器禁止条約」への参加を含めて、世界の核廃絶の先頭に立つ我が国の厳しい決意を示すこととする。

 

2017年

8月

16日

■ 「ラスコー壁画」展クロマニヨン人の世界

  世界遺産のラスコー洞窟壁画展、九州国立博物館にて。クロマニヨン人が2万年前に描いたとされる。フランスの西南部ラスコーにて1940年に発見された。
  牛馬など600を超える野生動物を中心に活き活きとした息吹を描く。顔料、工具など具材、遠近法を含む高い技法など観る人を驚嘆させる。(私を含む)今の現代人でもあの線刻はとても描けまい。
クロマニヨン人はヨーロッパを中心に4万年前から1万年前に生存、「ネオ-サピエンス=新人」と呼ばれる。「古代原人」ネアンデルタール人は40万年前から1万年前に生存した、クロマニヨン人との血続きはないとされる。

 

2017年

8月

15日

■ 街宣車、福岡市南区を走る

  私の選挙区(福岡5区)にはこの度、新しく福岡市南区の一部が編入されます。すでに関係者への挨拶など内々準備は進めておりますが、いよいよ街宣車にて表向きの活動も開始しました。
  衆議院選挙はいつになるか分かりません。この秋口という人、来年秋までないという人、見方はそれぞれですが、衆議院は常に「常在戦場」(常に戦場にあるが如し)、準備は万端整えておくことです。今回の新規追加地区は人口3万、有権者2万5000、私の選挙全体にとっても非常に大事な地区となるものです。皆様のご支援をよろしくお願い致します。

 

追加地区= 福岡市南区 < 日佐3丁目、警弥郷、老司、野多目4~6丁目、鶴田、弥永、弥永団地、柳瀬、柏原1~2丁目>

2017年

8月

14日

■ 核戦争を防ぐための「論理的帰結」〈世紀の暴論〉

■ 北朝鮮を「核保有国」として事実上認める。
■ 北朝鮮と政治折衝して外交関係を開く。
■ 経済支援はしない。国際的経済制裁は強化する。

  北朝鮮の金正恩委員長と米国のトランプ大統領との舌戦がエスカレートして開戦前夜にも擬せられる。北朝鮮はミサイル4機をグアムに向けて発射準備完了、日本の島根県など宇宙空間を横切るとまで言う。米国はイージス艦、THAADなど迎撃態勢を整え、日本もPAC3の配備まで終えたとする。
  この緊張下でも米朝どちらも決して先制攻撃はしない、何故なら、攻撃はした方が負けということを両者は共に分かっている。米朝2国の軍事力と国力は比較するまでもない、軍事衝突した瞬間に北朝鮮は消滅する。しかし北朝鮮は「報復能力」だけは確保している。北朝鮮は北緯38度線に1万発の報復攻撃手段を確保していると言われる。韓国ソウルを「火の海にして100万人を殺す」は大袈裟にしても、数千、数万の犠牲者(これには滞在米国人を含む、)が出ることは覚悟しなければならない。日本のどこかでも最低の犠牲が出るかも知れない。
  米朝で決定的に違うのは人間の命の価値である。米国にとっては1人(民間人)の命の巻き添えも許されない。よってトランプ大統領は如何に怒り、脅しても、北朝鮮の報復攻撃がある限りは決して武力行使はしない。韓国人と米国人と(あるいは)日本人が「人質」にある限りは武力行使は出来ない。そのことを知る金正恩にはトランプのブラッフはいささかも怖くない。北朝鮮にとっては、人間の命は多分、限りなく価値が低い。命を捨てた人間ほど強いものはない。
< 結局はどうなるか。>
  トランプは例の通りツイッターで脅しを続けるが、遂には勇ましい言葉も尽きてくる。北朝鮮は相変わらず核、ミサイル開発は続けるだろう。そして最後は遂には国内経済が保つかに掛かってくる。莫大な開発費、「先軍主義」からくる軍人費と軍事費、必ずや何処かで崩壊する、しかもその時期は遠くない。そのため国際社会は経済制裁を徹底的に維持、強化することだ、密かに北朝鮮を支援している中露は、糾弾し続けなければならない。
  北朝鮮の核軍事化は止まらない。すでに「核保有国」であり、その現実は認めるしかない。その上で政治折衝を始める。外交関係を進めて行く。経済援助はしない。いずれこの国は経済と財政で破綻する。そしてその内政混乱の中で、政治も民主化し国際化するかもしれない。ミサイルや核実験にいちいち感情的に反応しても、結局なんの成果も生まれない。 「核保有国」は今、米露英仏中の5大国だけが、何故か、認められている。さらにインド、パキスタン、イスラエル3国が、違法だが勝手に持っている。それぞれそのコスト負担に苦労していると聞く。これに北朝鮮が加わることになる。

  以上は、私の主張やイデオロギーではない、ただ現状を踏まえた「論理的な帰結」であって、良い悪い、好き嫌いではない、北朝鮮に屈したわけでももちろんない。少なくともトランプや金正恩のような愚かな指導者の感情に翻弄され、挙句、一瞬の偶発事故が何万の一般市民を巻き添えにするよりも、はるかに冷静かつ優れた帰結である。
  日本はその立場で対米、対朝外交に努力すべきである。もちろん自らの「核兵器禁止条約」の受け入れも大事だが、さらに大事なこと、今の世界不安を積極的に救うことこそが真に喫緊の選択である。