2017年

10月

17日

■ 青山繁晴先生、激白

  私の応援に参議院議員の青山繁晴先生が来て下さった。先生は昨年初当選されたが、元々国家発揚の立場を貫く学者、マスコミ人としてはつとに有名であって、国会に来られてからは、私と思想信条がぴったり合うことで、非常に親しく交流していました。時々はその社会的影響力の強いネットなどで、私の国会活動などを非常に高く描いて頂いていたが、今回私の選挙応援にまでお世話になり大いに勇気付けられた。
  私の選対本部事務所、筑紫野市と大野城市の駅そば、都合3ヶ所で演説会、いずれも大入りの参加者で、青山先生の人気の実態が掴めました。歯切れの良い国家論で多くの皆さんは、満足して帰られ、私もずっと陪席してその言動も含め大いに勉強になったところです。

2017年

10月

16日

■ 防災服、街宣車で全域走破

  選挙戦もついに中日となってきました。世の中、政治熱が高まり、選対本部周辺の人間関係もうまく回り始めました。
  今日は1日、雨そぼ降る中、朝倉地区全域で街宣車に乗り、防災服に身を纏い、JA朝倉本所を含めて10ヶ所以上で街頭演説しました。とりわけ豪雨被災地に入ると、気を遣いつつも、仮設住宅の避難者向けての呼び掛けも実行したところです。
  日が落ちた夜半、雨と寒さの暗闇の中で、疾走する私の街宣車を沿道で、3人、5人、10人と支援者が、黙々と待って下さっていた。こういう人々がいる限り、私は国家に奉仕する闘いを決して止めることはありません。...

2017年

10月

15日

■ 鋭い目と嘴(くちばし)、鷹(ホークス)来る

  選挙事務所に本物の鷹の応援がありました。親友の「藤田征宏」氏は日本でも有数の鷹匠( たかしょう)で、茨城県で大きな飼育場を経営しています(「猛禽屋」)。私の選挙応援に精悍な顔の鷹一羽を帯同し、事務所の人々を激励してくれました。
  藤田氏は日本の鷹匠文化を「国の文化遺産」とすること、日本の鷹匠とアラブ諸国の王族たちとの本格交流を開くことを目指しており、私はそのいずれをも手伝っているのです。

2017年

10月

14日

■ 筑紫野市戦没慰霊祭

  筑紫野市戦没者慰霊祭が行われ、私は追悼の辞を述べました。遺族会の皆さんも確実に高齢化していること、北朝鮮の核ミサイル問題に対し安保政策を強化すべきことなどを読み上げました。戦争は決して起こしてはいけない、北朝鮮問題でも断じて武力衝突は避けなければならない、というのが私の心境です。

 

2017年

10月

13日

■ 県知事、応援で来訪

  事務所に小川洋福岡県知事が来訪され、激励の言葉を掛けられた。災害対応を含め、国会議員たる原田さん( 私 )への期待が極めて大きいと訴えられた。

 

2017年

10月

12日

■ 選挙運動、激化

選挙運動、激化

本格的選挙運動が始まりました。選挙運動には理屈は要りません、ただひたすら、訴え、票を頂く、それだけであって、その効果は神のみぞ知る。準備段階でこそ政治的な悩みはありますが、一旦始まると却って精神的には解放されるものです。
なかなか厳しい戦況ですが、皆様どうぞよろしくお願いします。私の文章、映像をしっかり拡散して下さい。「必勝から圧勝」を目指します。

 

2017年

10月

10日

■ 選挙始まる。まずは神事、続いて出陣式

  いよいよ選挙が始まりました。春日神社、太宰府天満宮、二日市八幡宮と三神社で厳かに必勝祈願(「三社参り」)を致しました。続いて本部事務所、朝倉事務所及び春日事務所で盛大な出陣式を行いました。
  選挙のように苦しい大事業では、最後は神社での儀式が必要になってきます。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉のように、人間としてやるべきことはやったにしても、精神的不安は決して拭えない、結局最後は神仏にすがり、その精神的補強をもって闘う態勢が整うことになります。
  かくして私も心身ともに万全な態勢で13日間の選挙戦をスタートすることが出来ました。必ず当選して、再び東京にも戻ります。

 

2017年

10月

09日

■ 朝倉地区、選対本部会議

  出陣式も明後日となり、選挙準備も大詰めです。朝倉地区選対本部も自民党、農政連、原田後援会三者がまとまり、本格稼働し始めました。同時刻には筑紫地区も選対会議を進めています。

 

2017年

10月

09日

■ 麻生副総理来る。明日、出陣!!

  遂に決戦の日がやってきました。本当に激しい準備の日々でしたが、条件は皆同じ、やるだけのことはやりました。今日は前哨戦、麻生太郎副総理の事務所来訪を受け、出陣前日が大いに盛り上がりました。私も思いの丈をしっかり話すことが出来、副総理もまたあの「麻生節」で多くの参加者を沸かせてくれました。
  「懸命に頑張れば必ず勝てる、更に頑張れば必ず『圧勝』できる」というスローガンを私は臆せず使っています。

 

2017年

10月

08日

■ 昼に歌う、商店街のお祭り

  ある商店街のお祭りに出掛けたところ、つい盛り上がりました。たすきを巻いて人々に愛嬌を振り撒いていると、カラオケの順番が来たという。肚を決めて歌ったのが演歌「旦那さま 」。大きな声で歌ったのですが、この昼日中、たすきをかけた前議員がステージの上で演歌を大声で歌う、恥じも外聞も無く。果たして知らない人が遠くから見たらどう思うだろうか。
  政治家というのは、いつも自分の言動に気を掛けており、つい反省したり、得意を感じたり。選挙だけは引っ込み思案では務まらない、目立ってなんぼの世界だと言われており、今日のカラオケも一応 成功と見なければならない。

 

2017年

10月

08日

■ あのウルトラマン、被災地に出現!!

  大挙してウルトラマンが現れる!! と大騒ぎとなったのは、被災地の東峰村。村民センターには大勢の子供たちと大人が集いました。ステージの上で、かっこいいウルトラマンのヒーローが多くの悪魔たちと格闘し、最後は投げ飛ばすのです。会場の子供たちは手を叩いて大喜び・・・・
  豪雨災害での被災地の子供たちを激励出来ないか、と東京で「円谷プロ」の責任者と出会った際、その話しが出たので、是非福岡の被災地に来てくれとお願いしたところ。お陰で、本物のウルトラマンがやって来ることになりました。私はウルトラマンのことは関心なかったのですが、今回その素晴らしさと有名になった道理がよく納得出来ました。

 

2017年

10月

07日

■ 農政連の推薦が決定

  農政連、農協は最大の支援組織ですがその推薦が決定、福岡市で推薦状の授与式が行われました。農政は言うまでもなく、国民にとって最も大切な分野ですが、同時に外国との交渉(TPPなど)や国内農家の 高齢化、後継者不足など深刻かつ構造的問題もあり、政治、行政面でわれわれ自民党の役割が特に大きいものがあります。今後一層頑張ることを誓約しました。

 

2017年

10月

06日

■ 健康管理を、看護連盟から力強い推薦状

  「福岡県看護連盟」から選挙への推薦状を頂きました。県民、市民の健康と安全、安心を守って下さる全ての看護師さんの応援を頂いたことで、勇気百倍、元気が心底、漲(みなぎ)ってきました。推薦状は、神前にて厳かに授与されました。 (代表 丸山真紀子さん)
  このところ選挙準備に忙殺されていますが、自らの健康管理についても改めて気付かされました。

 

2017年

10月

04日

■ 選挙準備、進む

  急な選挙ですが、やるべきことは同じです。準備態勢もようやく本格的となりました。役員会、事務所開きと神事、推薦者の往来、内部の事務連絡、報道関係との対応、資料作り、印刷処理・・・事務所内務は山ほどありますが、併せて外に向かっては街頭演説、集会参加、戸別訪問、ビラ配りと少しも待ってはくれません。民主主義とは有難いもので、選挙ゆえに、有権者=国民と懸命に接触し、彼らの意見を聞こうとする機会を与えてくれるのです。

 

2017年

10月

03日

■ 選挙準備(その2)

  選挙態勢作りも、一歩一歩、しかし着実に進んでいます。今日は九州電力グループの皆さんが300人ほど集合して、われわれ福岡地区候補者5人の必勝激励大会を開いてくれました。今の時期、どれほど力強い応援であるか、感謝の限りです。
  続いて、本事務所においては、自民党 蔵内県連会長始め県連役員が激励に駆けつけ、今後の応援を約されました。地元としてはこれらの期待にしっかり応えるべく身を引き締めたところです。

 

2017年

10月

02日

■ 朝倉の被災地の今

  朝倉の被災地を訪ね、被災者、関係者の窮状について直接相談を受けました。災害から3ヶ月、皆さんは精神的には平静を取り戻していますが、今ある目の前の現実に果たして取り組むすべ(術)が見つからない、という気持ちではないでしょうか。皆さんの苦しみと希望をしっかり受け入れて、その解決策を、選挙後には必ず国会で実現すると力強く応じました。
  私の予定に合わせて数人の報道関係も来ていました。

 

2017年

10月

01日

■ 誕生日お祝いの御礼。

  何百人のfacebookerに誕生日のお祝いメッセージを頂き、大変に嬉しく感謝申し上げます。私がこれだけ多くの人に大事にされていることを知ったことで、さらに頑張ろうと言う気持ちになりました。お一人お一人には返事は書けませんが、ここにまとめて御礼申し上げます。
  さらに、本当のお祝いは、10月22日、「選挙投票日」にこそお願い致します。実は非常に厳しい選挙戦を迎えており、全ての皆様に5人以上のご友人をご紹介頂ければ幸いです。

 

2017年

9月

28日

■ 選挙戦、必勝の態勢を

  9月28日正午、衆議院本会議で解散が宣告され、いよいよ本格的選挙戦が始まりました。自民党衆参合同総会にて安倍総裁(首相)の決意表明。麻生派での内部の結団式。最後に党本部では安倍総裁から公認証書の授与と写真撮影が行われました。
  大変に忙しい日程でしたが、いちいちが身の引き締まる思いです。事務所にもお客さんを迎え必勝の戦略を練りながら、気持ちはすでに選挙区での選挙戦にあります。
  民進党が大きく変わろうとしており戸惑うこともありますが、全ての選挙の常、自分の今日までの実績に自信と誇りを持って行動することが必要です。

 

2017年

9月

28日

■ 医療におけるAIの未来

  「医療と医薬品の未来を語る会」例会では『医療におけるAI(人工知能)の未来』と題してAI専門家の「井元剛」さんから3時間に及ぶ講義を聴きました。 井元氏はAI技術を内外最も広く実業に応用しておられる最先端の専門家で、講義後は熱心な質疑応答が続きました。AIは、率直私の理解を超えていますが、本当に遠くない将来に間違いなくAI社会が実現するということを実感した次第です。
  なお、後刻の懇親会では、全員で私の誕生祝いと「選挙必勝祈願」のサプライズ・ケーキが出されて、大いに感激したところです。

 

2017年

9月

24日

■ 嗚呼、「緑山こそ宝」小川前森林組合長を悼む

  「真の宝は緑山に在り」、これは福岡県 朝倉森林組合本部の掲額です。山と森林は日本の宝であり、全ての日本人はこの大自然に抱かれてこそ今日があるのです。 そして今、私たちの山、朝倉郡の山は、7月豪雨による災害で崩壊の渕に立っています。
  この災害で森林組合の前組合長 「小川稜人(すみと)」氏ご夫妻は被災、遭難されました。小川氏は終生を森林とともに生き、山を育て、人を育てられました。惜しみても余りある立派な人生で、私は本当に天を恨みました。そして日を経て、いやこの小川さんこそ今や「山の神」となられた、我々は決して負けてはいけない、小川さんが必ず山と森林と、そしてこの国を護って下さる、と思うようになりました。「真の宝」掲額は正に小川さんの天からの叫びなのです。

                    (朝倉森林組合の年次総会が行われました。)

2017年

9月

23日

■ 『「たすき一本」に「日本」を託す』。必勝への決意

  私の選挙運動はいつも襷(たすき)を掛けることから始まります。たすきを掛けることで、内外に選挙が始まったことを知らせ、とりわけ選挙の苦しみに自分を追い込むことを目指します。

  35年前、最初の選挙戦、私はたすき一本を背中に巻いて街路に出ることを決意しました。勇気の要ることです。貧しいが、しかしたすきには一銭もかかりません。国鉄の通勤電車でも実行しました。車掌に追い出されたこともありました。多くの人の注目と監視、あるいは蔑みを受けることは、私の精神力と自己顕示力を鍛えるに大いに役立ちました。選挙は3回落ちましたが、7回も当選させて頂いたのです。
  本日、今回もまた、全身にたすきを巻きました。国旗もはためいています(秋分の日)。本部事務所の大通りで、懸命に手を振ると大方の車からは 、お返ししてくれます。私にとっては何よりのエネルギー源です。昔、「原田さんを車から見た日は縁起が良い」と言ってくれた人もおりました。

 

2017年

9月

21日

■ 敬老会、福岡市で

  「敬老の日」には各地の敬老会に何箇所も出ましたが、新選挙区となった福岡市(南区)では初めてです。「老司(ろうじ)地区」、大票田のひとつで、この敬老会は私にとって当然に初めての人ばかり、相手から見れば私も全くの新人です。内心密かに心配していましたが、実際には皆様に大いに歓迎して頂き、感激の極みであります。
  大都市 福岡市だけあって、会場の規模も雰囲気も格段に大きく、これからの活動に対し身の引き締まる思いでした。福岡市議会議員「川上陽平」氏のご尽力に心から感謝します。
( 消防団の纏いの演技は川上市議ら )

 

2017年

9月

20日

■ 朝倉市幹部、上京

  朝倉市の森田市長、中島市議会議長、梶原副議長が急遽上京され、麻生財務大臣と大島衆議院議長に面会、7月豪雨災害のその後の情況説明とさらなる災害対策への陳情をされた。発災直後の激動は、市民生活も含め、落ち着きを取り戻して来ましたが、災害からの復旧、復興の困難さはこれからこそが本格的です。

 

2017年

9月

19日

■ アジア・太平洋国会議員連合(APPU)総会

  APPUという国際会議は議会主義を採用しているアジア、太平洋地域の国会議員の集まりで、すでに権威のある伝統的な組織です。その総会が大分県別府市で行われました。私は特段の委員ではありませんが、九州での開催ということで、日本、台湾、パラオ共和国という三ヶ国役員会に出席しました。それぞれ国情の違う三ヶ国が意見を開陳し、お互い交流親善を深めました。
  私は、最近の朝倉地区、大分地区の豪雨災害の状況を説明して、地球環境対策の必要性について発言したところ、両国ともその必要性に強く同意した上で、パラオ(国会副議長)は地球温暖化で海面の上昇に悩んでおり、同国への支援の強化を要請された。なおこの国際会議には台湾が非常に積極的で最大の代表団を送って来ており、代表( 国会議長)発言ではこれが「台湾(中華民国)」の名前で出ている数少ない国際会議であって、他の国際会議にも是非「台湾」の名前で出たいという率直な意欲を示された。

2017年

9月

18日

■ 遂に、衆議院解散、総選挙

遂に、衆議院解散、総選挙

身の引き締まる思いで、大ニュースを受けました。来月10月22日か29日の投票が事実上決まりました。一瞬強い緊張感が体を貫き、続いて極めて具体的な課題と懸念が頭の中を巡り始めました。議員たるもの、選挙への心準備は常に出来ており動揺するものは何もありませんが、然し「絶対に諦めない、絶対に手を緩めない」ということが自分の経験値から学んだことで、当然に前回以上の『圧勝』を目指して選挙態勢を組んで参ります。告示まで半月という時間的切迫はどの候補にとっても平等であって、むしろ普段の真面目さが実力を発揮するものと思います。
皆様のご支援とご指導をこそ改めてお願い申し上げます。

 

2017年

9月

17日

■ 大型台風、朝倉地区を襲う

  9月17日、大型台風18号が襲来し、朝倉地区には再び「避難勧告」まで出されました。結果、風雨とも大きなものとはならずとりあえず安堵しました。あの7月「九州北部豪雨」から2ヶ月半、朝倉市のその後の被災現場を見て回りましたが未だ傷痕の深刻さを改めて感じました。被災の人々とも話し合いましたが、様々の相談も受け、その解決への約束をして来ました。復旧、復興、生活回復・・・と彼らの苦しみはむしろこれからが大変です。

 

2017年

9月

16日

■ 敬老の日、「認知症にならない歌」

  今日は敬老の日、敬老会には10箇所ほどお邪魔しました。元気溢れるお年寄りばかりで、わが国の将来は益々大丈夫です。
  ある会場で「ボケない小唄」を皆んなで大合唱しました。原田さん、全国に広めて下さい、と言われましたので、お許し下さい。

 

2017年

9月

14日

■ 司法試験と「予備試験組」

  法曹(弁護士など)になるには司法試験の合格が必要で、この試験は今でも最難関のひとつといわれます。日本の司法制度が大きく変わったのは2000年から5、6年かけて行われた司法制度改革で、裁判員制度の導入、法科大学院の新設、司法試験制度の改革など、「100年?に一度の大改革」などといわれました。
  司法試験改革の委員会で最後まで揉めたのが、法科大学院には経済的理由などで行けないが、独学で司法試験を目指す道を残すべきか、ということで、法務省原案は原則ゼロ、仮に例外を認めても暫定的で数年内にゼロとする、というもの、全ての法学徒は法科大学院を経由すべしとの考えであった。これに異を唱え、最後まで反対したのが、実は私であって、大学院に行く余裕もなく、然し法曹たらんと情熱を燃やす人材を決して切って捨てるべきでないと演説を繰り返した。苦学しながら試験に挑み続けた自分自身と多くの同志たちのことを思っての一念であった。辛うじて「予備試験組」としてたしか「50人」だかの枠が残されたところまでは記憶している。
      毎年秋の合格発表では「予備試験組」の勢いが話題となり、私はいつもひとり、あの頃を思い出す。本当に良かったのか、悩むこともある。然し、いつの時代も、働きながらも、寝食を忘れ、懸命に目標を目指す集団があることも決して無駄ではなく、法科大学院生らと競いながらお互いを高め合うことこそ国家の未来にとって大変良いことではないか、と自分を納得させているのです。

2017年

9月

13日

■ 「精神疾患には予防こそ最優先」、ストレスチェックの勧め

  「医療の未来を語る会」は私が代表を務めていますが、毎月議員会館で定例の勉強会を開いています。今日の本題は「精神疾患(メンタルヘルス)」です。わが国では産業界で今「ストレスチェック」(stress check)というものが広く行われるようになりました。社会構造が複雑多様化し企業組織も激しい競争や競合に晒される時、それを支える社員、従業員に精神的疾患が出ることが多くなりました。もとより健康保険や労働保険など国の医療制度は一応完備していますが、いわゆるうつ病に代表される精神疾患問題は顕著に増える傾向にあります。

  そのため厚労省は一定規模以上の企業には従業員へのストレスチェック(事前調査)を義務付け、精神疾患の発症や発病を事前に把握して予防し、早期に対応しようとしています。今日は精神病理の専門医師2人から分かりやすく病理の原因と対策、「予防こそ全てに優先する」という話を聞きました。この運動は国民的に広げる必要があると強く感じました。

  なお国会議員やおよそ議員にはうつ病などが少ない、打たれ強い精神的レジリエンス(強靱さ)を持っているといわれ、確かに周りを見てもこのことは自分の実感にも合うと妙に納得したところです。             (講師は香山リカ医師と川口佑医師)

 

2017年

9月

11日

■ 「米朝対話」を急げ。日本も協力せよ。

  9月3日、北朝鮮が6回目の核実験を強行し、規模としては過去最大で、広島原爆の10倍、水爆の可能性もあったという。米国を始め日本、韓国は完全に態度を硬化、強硬策をさらに追加、11日にも国連安保理は新たな経済制裁を行う。中国、ロシアも北朝鮮を徹底非難しているが、対話の余地を残すべしとの主張を続けている。
  経済制裁を強化すること、石油、ガスを完全に止めることなどで、北朝鮮の核、ミサイル開発を抑え得るか、期待は余り出来ない、何故ならこれらを続けることで北朝鮮の腹はすでに固まっており、それを進めるに軍事衝突も辞さないとしている。一方米国のトランプ大統領も武力行使の可能性を隠さず、現実には一触即発の緊張が増しているといえる。遂には偶発事故が起こるかも知れない。
      私は、米朝が対話するしか方法はないと思う。米朝が直接の接触、対話するということ。米朝の駆け引きは、一見北朝鮮の粘り勝ちとも見えようが、全く悲観するに当たらない、それで戦争が避けられるのであれば、世界と人類のためにははるかに善である。先にも書いたが、トランプ氏と金正恩氏の勝負は最初から非対称である。トランプ氏と日米韓にとっては一人の一般国民の犠牲者を出すことも許されない。金正恩氏にとっては、何百人、何千人の犠牲が出ようとも国家護持のためには必要悪でしかあるまい。要は両サイドにとって武力衝突に伴い犠牲となる「人質」の重さが決定的に違うのであって、チキンレースとなればその結果は自明である。
      米国にとって、北朝鮮と対話することに恥ずるものは何もない。辛いことだが、北朝鮮の核保有をありのまま認めることは止むを得まい、ただ開発を止めさせるか、「凍結」(=現状維持)で折り合うか、やはり非核を追求するかが大事な争点となる。さらに北朝鮮が朝鮮戦争の「休戦協定」を超えて米朝「平和条約」を締結すること、韓国、日本から米軍の撤退を強くこだわる場合には、それこそ最高度の交渉力で事態の決着を目指すこととなるが、これ故に米朝対話を避ける理由にはならない。
      日本と韓国はどうか。もとより今になって北朝鮮の核保有の事実は否定しようはないが、それを国として公に認めるか否かは国内政治の問題である。半島非核化の旗はいささかも下ろす必要もないが、少なくとも北朝鮮の核保有の現実に立って新たな安全保障政策を組んで行くのは当然である。これを機に韓国には核武装の機運が高まるし、日本でも核にかかる議論が本格的に始まるかも知れない(「核ドミノ」)。私は核兵器の禁止、核拡散防止の観点から両国は断じて核保有を目指すべきではないと考えるが、新しいパラダイム(次元)において自国の安全保障を確保するために米国の核の傘だけでいいのかなど米国の核戦略をどう位置づけるかは日韓両国にとって死活の課題となる。
      今日までの北朝鮮政策には、日米韓の側に中国とロシアに過度に依存してきたことへの率直な反省がなければならない。日米韓の究極の目標が北朝鮮の「無力化」であるとすれば、中露は半島において北朝鮮の現状維持、コミットメント維持を目指しているといえる。目的も目標も基本が異なるのに、共同行動がうまく運ばないことはいわば当然であって、国連安保理の制裁決議ではいつも揉め、中国の輸出入、金融支援が北朝鮮の実際経済を支え、ロシアの軍事技術が実は核、ミサイル開発の母体となり、貿易、観光支援で国民生活を潤している限り、中露の役割には限界と偽善があることに気付くべきである。
      日本はもちろん圧力、経済制裁を徹底的に強めるべきであるが、然し如何なる理由であれ米朝の偶発的武力衝突からわが国民を戦火に晒すようなことは断じてしてはならない。そのためには米朝の対話を実現し、現下の核、ミサイル問題を政治的、外交的、平和的に解決することが必要であって、またわが国はその実現に向けて高度の外交戦略を駆使すべきである。

2017年

9月

08日

■ 農林水産大臣へ陳情

  豪雨の災害対策に関し朝倉市農業関係者が上京したので、農林水産省、自由民主党への陳情活動を引率しました。発災後2ヶ月経ち、地元では大きな傷あとに苦しみながらも平静を取り戻して懸命な復旧、復興努力が続いています。この2ヶ月間の地元関係者の努力はもちろんですが、近隣行政、全国からの援助、ボランティア、そして何より政府と自民党の対応も「激甚災害地域指定」を含む政策的対策が一歩一歩進んでいます。
  農業分野も被害が甚大ですが政府政策も進んでおり、地元はそれらを更に一層加速すべきとする要請を持っています。斎藤農水大臣、二階自民党幹事長ら指導者からは一層力強い励ましの言葉を頂き、陳情団揃って勇気と希望を頂いたところです。

 

2017年

9月

07日

■ 世界柔道選手権 ブタペスト大会、圧勝

  ハンガリー・ブダペストでの世界柔道選手権大会、日本は圧倒的成績を残しました。日本が強くなったのか、世界が弱くなったのか、正直わかりませんが、再び「柔道ニッポン」が復活したことは嬉しい限りです。
  なお、この代表団壮行会( 7月26日、講道館 )で締めの「万歳三唱」を率いたのが私で、少しだけ自慢をさせて頂きます。

 

2017年

9月

07日

■ 柔道整復師会 記念式典では

  福岡県柔道整復師会の創立記念日で祝辞を述べました。「柔道整復師」は「接骨医」、「ほねつぎ」として国民に広く親しまれ、地域の医療現場ではすでに重要な役割を担っています。わが国独自の医療技術として長い歴史を経ていますが、この医療業務が国民健康保険や労働災害保険の適用を得るまでには戦前、戦後を通じて先人達の血の出るような闘争と苦労の歴史があったこと、一方で医師会や隣接医療業との間で微妙な分野調整があることなどを話しました。
  また全く個人的な話として、自分は一貫して柔道で育ち、昔の柔道場では常に先生(師範)が接骨医であったこと、有名な東京「花田学園」にも縁があったことなどを付け加えました。

 

2017年

9月

07日

■ 子供たち、腹一杯のご馳走を

  「博多食文化の会」(メゾンデヨシダ 吉田安政氏ら)が毎年主催する児童養護施設の子どもたちへのご馳走会、今年も盛大に行われました。親がいない、親と一緒に生活できない子どもたちは、全国で4万5千人いるそうですが、彼らは各地の「児童養護施設」で生活しています。
  福岡市を中心にしたレストラン、流通関係者が毎年1回、300人ほどの子どもたちを呼んで腹一杯のご馳走を振舞います。今年で27回目を数え、今年は韓国釜山からも30人ほどが招待されました。  子どもたちは健気にも懸命に生活をして社会に出て行きますが、乳幼児も含め、一人ひとりの素直にも明るくて屈託ない表情を見るとつい涙に誘われます。私も本会は随分前からの応援者です。
  なお、私はこれら児童施設の子ども達に成人前(無料で)「自動車運転免許」をとらせる運動を展開しており、本会でもその報告を受けました。

 

2017年

9月

03日

■ ワールドラグビーと子供たち、TOSS運動のこと

  2019年のワールドラグビーは日本で開催されますが、試合は福岡でも行われます。福岡は元々ラグビーの非常に盛んな所で、企業ラグビーもまたあの五郎丸選手や福岡堅樹選手ら多くの有名選手が出ています。来たる世界大会を地元から盛り上げ、また地元のラグビー少年を教育の観点から鍛えようと「ワールドカップ推進教育セミナー」が企画されて今年で3年目、私も応援しています。ラグビーボールを使っての室内体操など、私にとっては初体験でした。
  TOSS という教育組織の主催ですが、学校の教育現場の指導法、指導技術を高め、それを交換、共有する (skill sharing)ことで教育効果を高めようとする全国組織で、多くの現役教師が参加しています。私は提唱者の「向山洋一」氏とは若い時からの友人で、いつもその努力に声援を送っています。
( TOSS =Teachers' Organization for Skill Sharing )

 

2017年

9月

01日

■ 「米朝対話」を急げ。敢えて言う。

  北朝鮮がまたミサイルを発射した。北海道の上空を通りその沖合1200キロの海に落ちた。日本は政府も直ちに対応し、自治体もJアラートなどで応じた。日本の上空通過は5度目、非常に深刻な事態と受け止め、政府は厳重抗議し、国連安保理の新たな制裁措置も決まった。中国、ロシアの協力が得られて安保理決議が有効かどうか、楽観は許さない、安保理の制裁決議は9度目になる。日米韓の軍事的態勢は一層整ってきた。
      対北朝鮮政策は「圧力と対話」を織り交ぜてきた。私はここで「米朝対話」を敢えて主張したい。決して朝鮮の圧力に屈した訳ではない。対話するに米国は北朝鮮と条件は付けない、しからば北朝鮮の事実上の核保有を呑まされるかも知れない。何故なら北朝鮮はすでに紛れなく核を保有しており、インドやパキスタンのように「核拡散防止条約」(NPT)の埒外の「核保有国」であって、もはやそれは米国の認否と関係ない。確かに米国にとっては辛いことではあるが、逆に国交開始に結びつく可能性も出てくる。この国の懐に飛び込むことになり、より正常化された米朝関係の中でこの国の内政、核管理も含め、より内側から監視することになる。2500万の人民を開放出来るかも知れない、日本の拉致被害者を救出する手掛かりが見つかるかも知れない。
      今までの北朝鮮戦略の失敗と反省は、日米韓が中国とロシア、とりわけ中国に依存し過ぎたこと。中露には北朝鮮を本気で排除する意図はない。北朝鮮に最も地政学的利害を見出す中国が金正恩の斬首を目指すはずはなく、トランプ大統領もそろそろ中国の思惑が実は米国とは真逆だということを気付かなければならない。
さらに米国が北朝鮮の懐に飛び込めば、世界覇権を目指す中国のアジア戦略、世界戦略に対する決定的な対策にもなる。
      一方、日本と韓国は、北朝鮮の核保有に反対し続ける。核保有は決して認めることはしない、朝鮮半島の非核化は叫び続けなければならない。日韓両国はまさか核保有を目指すことはないだろうが、徹底した国防により自国民を守りぬくことは当然である。いつの日か北朝鮮の非核化を実現できるのならそれが理想である、しかしさらにもみ合っているうちに北朝鮮の核開発は一層進む、一触即発の危険は一層増大する。「米朝対話」は結果的に北朝鮮の核保有を認めることに連なるが、一方で核開発とミサイル発射のたびに真剣に反応し、抗議と安保理と経済制裁を繰り返し、遂には偶発的武力衝突の可能性が増すことを思った時、「米中対話」は一つの有力な選択肢となり得る。米国にそのことを働き掛けることも日本の役割ではないか。

  なお、ナチス・ヒットラーに領土覇権を譲ったとされる英国のチェンバレン首相の「宥和外交」(1938)と比喩されないか。断じて背景は異なるが、もちろん如何なる検証をも済ませておかなければならない。

2017年

8月

30日

■ 商工会議所会頭ら経済大臣に陳情

  朝倉市の商工会議所会頭、商工会会長らが災害の復旧、復興を目指して政府に陳情に来られた。豪雨災害で120企業が被災し、全域で100億円の損害となり、今や懸命の努力を続けている。世耕経産大臣、田村観光庁長官ほかと面会し、被災の現状を説明、様々政策的支援を訴えました。

 

2017年

8月

28日

■ 叙勲の祝いで「天国の母へ」

   朝倉市の「小西恭博」さん(82才)が「旭日双光章」を叙勲されそのお祝いが盛大に開かれました。小西さんは全盲ですが、あんま、マッサージなどの業界では役職を重ね、また障害者、視力障害者の社会的立場を強化、地域社会の発展にも大きく寄与された。政治、行政への指導協力も大きく、私も公私大変お世話になったものです。盲人が持つ「白杖」(はくじょう)は今や全国で一般的となりましたが、これも小西さんらの運動から始ったと言われます。
  小西さんが挨拶された。「・・・・私は一度も日の光を見たことがありません。私を産み育てた母は、そのことを死ぬまで悩み、謝っていました。しかし私を多くの兄弟や友だちに負けないように、どんどん外に出ろと育ててくれました。私は母の教えを今まで守ってきました。この叙勲という栄誉を、天国の母が一番喜んでくれていると思います・・・」
      小西さんは本当に根っ子から明るく、積極的で、何事にも前向きで、接する我々こそがいつも元気と勇気を頂くのです。皇居での天皇皇后ご拝謁の折、畏れ多くも天皇陛下が小西さんに歩み寄りお言葉と暖かい握手をして頂いた、との内話を不肖私が祝辞の中で披露したところです。

2017年

8月

27日

■ 議員連盟「日本の明日を創る会」(その2)

  「日本の明日を創る会」に出席した。翌日の新聞などには安倍内閣への不満分子の集まり、倒閣運動ではないかと書くものもあった。とんでもないことである。新聞やマスコミは勝手に決め付けて書くが、政治家、議員というのはそれほど柔(やわ)ではない。みんな自分で考え、自分で行動する、政治に不満があれば、当然発言する、人に言われてどうこうするのを嫌う。
  私は勉強会、議員連盟の類いには実は何十も入っている。自ら信念に基づいて選択する、極右もあれば、共産党なのも厭わない、それが国や国民のために役に立つのなら、政治家として当たり前のように行動する。政治家とは、有権者、国民に 直接応えられればそれでいいのだ。

 

2017年

8月

26日

■ 議員連盟「日本の明日を創る会」への出席

  「日本の明日を創る会」に出席した。政治評論家 森田実さんの講演を聞いた。吉田内閣にまで遡り、戦後政治の中で自民党が果たしてきた役割を踏まえて、今の自民党は少し元気がない、しっかり発言し堂々と行動した大先輩たちに学ぶべき、支持率低下には総選挙を急ぐべきということを話された。
  なおインドのガンジー首相の残された言葉「7つの罪悪」を政治家の要諦として示された。数年前、国会出張でインド訪問の時、ガンジー邸に立ち寄ったことを思い出しました。

 

2017年

8月

25日

■ 〈世紀の暴論〉(その2)米朝関係、戦争、核戦争は「絶対に起こさせない」

  米朝関係がグァム島危機で一触即発の時、8月14日、私は「世紀の暴論」と冠して一つの文章を書いた。多くの関心を得たが、率直に評判は良くなかった。原田さんともあろう人がと言う人もいた。しかし私は書いた、これは私の意見や主張でない、それは単に「論理的な帰結」であって、戦争、ましてや核戦争を防ぐにはそれしか残されていない、と。
      北朝鮮のグアム島攻撃は、予想通り、なかった、何故なら米朝どちらも先に手(武力)は出したくないから。米トランプ大統領にしては、先制攻撃して金正恩体制を潰すのはいとも容易い。しかしその時は韓国ソウルは「火の海」になり何万人かの犠牲者は避けられない。それでも北を潰した方がいいとトランプ氏は考えているかもしれないが、さすがに周りが許さない。一方、金正恩委員長にしては、国を守る、国体を守り抜くには核武装、ミサイルは絶対的に必須である。米国攻撃はあくまで示威運動で、まさか本気で撃つつもりはない、しかし12000キロを飛ばして米本土に届くことを見せつけなければ脅しにならない。

  グァム島危機がとりあえず遠のいた今、国際社会では米中が話し合うべき、直接交渉すべきという声に満ちてきた。実はトランプ氏も金正恩氏も本心はそれを渇望しており、お互い言葉を弄して呼び掛けている。では何が難しいのか。ただ一点、米国は北朝鮮の非核化が絶対条件という、即時又はいずれかの時点で核廃棄するのなら、米国は直ぐにでも北朝鮮と話し合いに入る。一方北朝鮮も、ただ一点、非核化が前提となる限り米国と交渉はしない、核保有こそが体制維持の絶対要素であるとする。両者に折り合う余地はない。
今後とも北朝鮮は、更に核開発を続けるだろう。ある時はまた再び、グアムを撃つと予告する、日本の何処かの上空を飛ぶと脅す、当然日本はイージス艦で迎撃体制を作り、地域社会もJ アラートなどで危機対応を急ぐ・・・。国連安保理は経済制裁を強化する、それを繰り返す・・・・。しかし結局、効果は出なかった。出ないはずである、中国もロシアも、制裁するどころか、密かに支援を続けているのだ。

  そして最も恐れること、こういう「ゲーム」(と私は敢えて言うが)を繰り返すうちに、遂に偶発的な衝突が起こること。あの二人の指導者でこそ最もこの衝突は起こり得る。

  ここで敢えて問う、「事実上北朝鮮の核保有を認めることは不可能か」。米朝が遂に接触し、米国が北朝鮮の懐に入り込む、内側から核開発への監視を続けることになる。イスラエル、インド、パキスタンの(違法な)核保有への監視はかくして平和裡に行われている。
      一方、朝鮮半島の非核化目標はいささかも挫けない。日本と韓国にとっては北朝鮮の核保有は決して認めない。しかし今や北朝鮮の核保有の現実を否定する者はいまい。現実を認めない、認めたくないという主観は皆持っており、この現実を受け入れることは身を切る以上に辛いことだが、しかし一歩その現実に立てば、全く新しいフェーズ( 局面 )が見えてくる。やることは山ほど出てくる、北朝鮮と外交を結び、この国を国際社会に引き出し、国の内政や民主化を見届ける。横田めぐみさんらを救い出すことも出来るかも知れない。あの国の不遇な国民2500万人を人道的に救うことも出来るかも知れない。もちろん経済制裁は頑として続け、決して安易な経済支援はしてはならない。
      今日までの北朝鮮政策の最大の失敗と反省は、日米韓がその解決を中国とロシア、取り分け中国に頼り過ぎてきたことである。想起すべきは、中国には世界戦略、アジア戦略の中で、朝鮮半島の現状を「維持すること(status quo)」が自明の目標であって、中国が進んで金正恩の排除を目指すなどあり得ない。北朝鮮を事実上支配下に置いたまま、日韓と対峙し米国と向かい合うことを最上の外交としている。トランプ氏は健気にも習近平氏こそが救世主と崇めたり、頼ったりしているが、中国はただそれを嘲笑している。

  むしろ中露に頼らない、ある時は中露抜きの米朝協議こそ私の言う「論理的な帰結」であって、それはトランプ氏の持って生まれた蛮勇に頼るしかない。米国が北朝鮮を取り込むことになれば、それこそ中国は慌てる、世界を席巻しようと企てる中国の壮大な野心は足下から崩れてくる。韓国THAADでの中国の慌てぶりを見れば米国の行動はその比ではない。
      日本の安全保障は、基本が変わることはない。これら東アジアの不安定を踏まえ、国民の安全保障への意識は飛躍的に高まり、それが自国の総合的な防衛力を支えていく。当然に引き続き、核廃絶を訴えて北朝鮮には対応するが、今こそ「核兵器禁止条約」への参加を含めて、世界の核廃絶の先頭に立つ我が国の厳しい決意を示すこととする。

 

2017年

8月

16日

■ 「ラスコー壁画」展クロマニヨン人の世界

  世界遺産のラスコー洞窟壁画展、九州国立博物館にて。クロマニヨン人が2万年前に描いたとされる。フランスの西南部ラスコーにて1940年に発見された。
  牛馬など600を超える野生動物を中心に活き活きとした息吹を描く。顔料、工具など具材、遠近法を含む高い技法など観る人を驚嘆させる。(私を含む)今の現代人でもあの線刻はとても描けまい。
クロマニヨン人はヨーロッパを中心に4万年前から1万年前に生存、「ネオ-サピエンス=新人」と呼ばれる。「古代原人」ネアンデルタール人は40万年前から1万年前に生存した、クロマニヨン人との血続きはないとされる。

 

2017年

8月

15日

■ 街宣車、福岡市南区を走る

  私の選挙区(福岡5区)にはこの度、新しく福岡市南区の一部が編入されます。すでに関係者への挨拶など内々準備は進めておりますが、いよいよ街宣車にて表向きの活動も開始しました。
  衆議院選挙はいつになるか分かりません。この秋口という人、来年秋までないという人、見方はそれぞれですが、衆議院は常に「常在戦場」(常に戦場にあるが如し)、準備は万端整えておくことです。今回の新規追加地区は人口3万、有権者2万5000、私の選挙全体にとっても非常に大事な地区となるものです。皆様のご支援をよろしくお願い致します。

 

追加地区= 福岡市南区 < 日佐3丁目、警弥郷、老司、野多目4~6丁目、鶴田、弥永、弥永団地、柳瀬、柏原1~2丁目>

2017年

8月

14日

■ 核戦争を防ぐための「論理的帰結」〈世紀の暴論〉

■ 北朝鮮を「核保有国」として事実上認める。
■ 北朝鮮と政治折衝して外交関係を開く。
■ 経済支援はしない。国際的経済制裁は強化する。

  北朝鮮の金正恩委員長と米国のトランプ大統領との舌戦がエスカレートして開戦前夜にも擬せられる。北朝鮮はミサイル4機をグアムに向けて発射準備完了、日本の島根県など宇宙空間を横切るとまで言う。米国はイージス艦、THAADなど迎撃態勢を整え、日本もPAC3の配備まで終えたとする。
  この緊張下でも米朝どちらも決して先制攻撃はしない、何故なら、攻撃はした方が負けということを両者は共に分かっている。米朝2国の軍事力と国力は比較するまでもない、軍事衝突した瞬間に北朝鮮は消滅する。しかし北朝鮮は「報復能力」だけは確保している。北朝鮮は北緯38度線に1万発の報復攻撃手段を確保していると言われる。韓国ソウルを「火の海にして100万人を殺す」は大袈裟にしても、数千、数万の犠牲者(これには滞在米国人を含む、)が出ることは覚悟しなければならない。日本のどこかでも最低の犠牲が出るかも知れない。
  米朝で決定的に違うのは人間の命の価値である。米国にとっては1人(民間人)の命の巻き添えも許されない。よってトランプ大統領は如何に怒り、脅しても、北朝鮮の報復攻撃がある限りは決して武力行使はしない。韓国人と米国人と(あるいは)日本人が「人質」にある限りは武力行使は出来ない。そのことを知る金正恩にはトランプのブラッフはいささかも怖くない。北朝鮮にとっては、人間の命は多分、限りなく価値が低い。命を捨てた人間ほど強いものはない。
< 結局はどうなるか。>
  トランプは例の通りツイッターで脅しを続けるが、遂には勇ましい言葉も尽きてくる。北朝鮮は相変わらず核、ミサイル開発は続けるだろう。そして最後は遂には国内経済が保つかに掛かってくる。莫大な開発費、「先軍主義」からくる軍人費と軍事費、必ずや何処かで崩壊する、しかもその時期は遠くない。そのため国際社会は経済制裁を徹底的に維持、強化することだ、密かに北朝鮮を支援している中露は、糾弾し続けなければならない。
  北朝鮮の核軍事化は止まらない。すでに「核保有国」であり、その現実は認めるしかない。その上で政治折衝を始める。外交関係を進めて行く。経済援助はしない。いずれこの国は経済と財政で破綻する。そしてその内政混乱の中で、政治も民主化し国際化するかもしれない。ミサイルや核実験にいちいち感情的に反応しても、結局なんの成果も生まれない。 「核保有国」は今、米露英仏中の5大国だけが、何故か、認められている。さらにインド、パキスタン、イスラエル3国が、違法だが勝手に持っている。それぞれそのコスト負担に苦労していると聞く。これに北朝鮮が加わることになる。

  以上は、私の主張やイデオロギーではない、ただ現状を踏まえた「論理的な帰結」であって、良い悪い、好き嫌いではない、北朝鮮に屈したわけでももちろんない。少なくともトランプや金正恩のような愚かな指導者の感情に翻弄され、挙句、一瞬の偶発事故が何万の一般市民を巻き添えにするよりも、はるかに冷静かつ優れた帰結である。
  日本はその立場で対米、対朝外交に努力すべきである。もちろん自らの「核兵器禁止条約」の受け入れも大事だが、さらに大事なこと、今の世界不安を積極的に救うことこそが真に喫緊の選択である。

2017年

8月

13日

■ 中高生のオーストラリア派遣

  大野城市の中高生15人が短期派遣されてオーストラリアに行くことになり、その出発式が市役所で行われました。激励の挨拶をしましたが、私が会長を務める「(財)国際青少年研修協会」がその共催者となっています。
  私は「英語が聞き取れなければ、遠慮せずpardon, pardon meと聞き返すこと、外国を見ることは自分の成長を何倍にも早めること、いずれは本格留学を目指し将来の国際人になって欲しい・・・」などと言い、父兄に向かっては「可愛い子には旅をさせよ」の古い諺で元気付けました。遠い昔、留学の出発のことも思い出したところです。

 

2017年

8月

10日

■ 政府の農業対策(説明会)

  政府は8月8日、豪雨災害に対し総合的農業対策を発表しました。今次災害によって朝倉地区は経済、社会、民生あらゆる部門で大きな被害を受けましたが、とりわけ農業被害も甚大です。政府施策は、基本的には全て復旧費用は国が負担する(=激甚災害指定)ということを含めて広範に亘っており、その説明会がJA(朝倉農協)主催で行われました。
  発災(7月5日)後1週間にして安倍首相、山本農水大臣、さらに各大臣が現場視察に続きました。党本部での会合、農水大臣や官僚との調整など直接に関わった関係で、私が施策の中身を説明しました。これらの施策は (机上の空論でなく) 農業者の実際の被害や困難に具体的に生かされなければならず、JA事務局、農水省はもとより市や県行政の密接な連携が必要であることを改めて強調しました。

 

2017年

8月

08日

■ 河野新外務大臣、中国に直言

  「河野太郎」新外相のデビューはフィリピンでのASEAN外相会議であった。南シナ海問題において、他国は黙っていたが、河野外相はひとり堂々と中国の不法な侵入を牽制した。引き続き、日中外相会談が持たれた時、中国の王毅外相は露骨にも河野氏に向かって「あの発言には失望した」と言った。河野氏は切り返して、「中国こそ大国としての振る舞いがあるはずだ」と公海の航行自由、法の支配の重要性を強調して中国の覇権主義に自制を求めた。
  日本の対中外交では、実に長く待たれた対応であった。今までが大人し過ぎた、黙っていれば波風は立たない、しかしその際の日本人の誇りと国益はどうなったか。仮に今回が河野氏の挨拶代りとしても、今後には大いに期待が持てる。
  東シナ海の尖閣問題、ガス資源問題、戦後の歴史認識問題を含む余りに多くの問題がある。その上に日中二大国の揺るぎない友好関係が存在している。私は河野氏とは大変親しく、彼には日頃同じ思想を訴えてきた。仮に私がその場にいても同じ発言をしたであろう。
  中国の王毅外相は、河野氏の父河野洋平氏を引用したり、「米国の傀儡か」と言及するまでに河野氏をみくびった。外交では決して感情に走ってはならない、しかし迸(ほとばし)るほどの愛国心がなければ、その任は果たせない。河野氏にはその「愛国心」を具体の行動に移す勇気もあることをいみじくも垣間見せた。

 

2017年

8月

07日

■ 農林水産大臣への申し入れ

  朝倉、東峰村の豪雨被害を中心とする全国の農林業災害に対し、自民党の役員総出で「斉藤健 」新農水大臣に現状の説明と対策の申し入れを行なった。激甚災害法の指定に掛かる被害の補助対象の拡大、補助率のかさ上げ、被害査定の迅速化、流倒木対策など広範かつ総合的施策を盛り込んでおり、現況においては一応の災害対策となっているものと考えられる。政府としての正式発表は翌日(8月8日)に行われる。
なお一方で、全国を縦断中の台風5号の被害も非常に心配されている。

 

2017年

8月

04日

■ 将棋のJT(日本たばこ)杯始まる

  週末には将棋のJT(日本たばこ)杯が福岡市で行われますが、その前夜祭が行われました。プロの対局は森内九段 vs 久保王将で行われ、併せて子供達の選手権も行われます。今将棋界は、「藤井聡太四段」の活躍で大きなブームにもなっており、今回、子供選手権には例年になく1300人の申し込みがあったと報告された。私は「日本将棋連盟 福岡県連会長」の立場でお祝いの挨拶に立ち、「・・・・この将棋界の熱気を、朝倉地域の被災地の皆さんにも届けて欲しい」と結びました。私は将棋も囲碁も一応有段者です。

2017年

8月

02日

■ 自民党農林部会、朝倉の農地被害を視察

  朝倉市、東峰村の被災農地を自民党の農林部会幹部が視察した。農業は地域最大の基幹産業、その農業が農地の冠水、溜池の決壊、施設の破損、例えば柿果樹や博多万能ネギなどで大きな損害を被った。復旧のコストと時間、生活負担、高齢化などから離農の動きが懸念される。政府の強力な支援策で再び豊かな農業地帯に戻さなければならない。すでに「激甚災害」の指定も決まっており、その効果が一刻も早く出るように私も懸命に頑張っています。

 

2017年

8月

01日

■ 戦後史を語ろう。「博多湾引き揚げ」と「二日市保養所」

  戦後の福岡市「博多港」は全国で最も多く外地からの引き揚げ者を受け入れた。180万人に及ぶ。京都の「舞鶴港」も引き揚げ港として有名で「岸壁の母」の歌にもなっているが、その数は半分にも満たない。
  その博多港の「引き揚げ港」としてのレジェンド(記録)は、今や歴史の闇に埋もれようとしている。「引き揚げ」というあの戦争の痕跡は、功罪を含めてありのままに残さなければならない。

...

      「引き揚げ」の極く一部にさらなる悲劇が。外地で若き女子たち500人余を極限の不幸が襲い、密かに堕胎を余儀なくした場所こそが「二日市保養所」と呼ばれた。筑紫野市二日市、今年の5月14日、私も音頭に加わり本格的な慰霊式を挙行した。

      歴史、それは取り戻すことのできない事実である。時が経てば忘却が進む。忘れていいものと、忘れてはならないものがありとせば、「戦争」という人類の最大の不幸は、せめての懺悔を込めてしっかりと後世に伝えなければならない。人は去り、起こった事実は当然に風化する。

  かくして私は歴史の勉強には可能な限り参加することとしている。真剣な市民運動は何処にでもあり、下川正晴氏(元毎日新聞)など黙々たる学蹟が道を照らしていることにはいつも勇気付けられる。

2017年

7月

31日

■ トランプ大統領「中国に失望した」。(一方、中国は笑っているか。)

  この人の率直さには、ほとほと感心する。その日その日の思いを毎晩ツイッターに書くのだから、彼の頭の中は手に取るように分かる。裏表がないから、正直と評価する人も多かろう。
  しかし、彼はアメリカの大統領、少なくとも西側世界の最高実力者。私は本当に大丈夫かと心配する。ビジネスでならよかったろう、しかし彼が担っているのは地球全体、少なくとも地球の半分は彼の双肩に掛かっているのだ。
  中国に「失望した」と言った。それは北朝鮮がいよいよ本格的にICBM(大陸間弾道ミサイル)を成功させた。それに載せる核弾頭も多分完成している、しからばアメリカ本土はもはや北朝鮮の射程範囲にはいってきた。その北朝鮮を止めてくれるのが中国である、だから中国をほめ上げ、よいしょした、ところが全然効果が出ない、よって今回、努力が足りない、「失望した」と中国に愚痴をこぼした。...

  何と素直で幼稚なロジックではないか。あの中国に期待を寄せて、ほめ上げ、通商問題を譲っても、などと考えること自体、中国の本当の怖さを知らない。野菜屋で魚を求める以上に難しい。トランプ氏の外交観が最も素人の危険なところ、それを阻止できない取り巻き(米国の外交安保当局、議会、国民)こそがもっと深刻に懸念すべきところ。北朝鮮向けに勇ましくカールビンソンを送っている間に、中国の南シナ海の軍事侵攻は一層進んだことに気付いているか。「同盟国」というなら日本にも大いに責任がある。
トランプ氏の素直なツイッター外交を見ると、一番喜んでいるのは、もちろん中国、中国は3000年の「孫氏の兵法」の国である。それとロシア。全てガラスばりだから何の苦労もいらない、見たまんま。一方、一度でも習近平氏やプーチン氏が喋っているのを聞いた人がいるか。( 麻雀ではヤミテン=完全秘密 でしか上がれません。)

  私の本当の懸念、トランプ氏は続くだろうが西側は本当に大丈夫か。日本はその中にいる。

2017年

7月

30日

■ 松野文科大臣、太宰府視察

  松野博一文部科学大臣が太宰府視察に来られたので、太宰府政庁跡などしばらく同道した。太宰府は古都、古跡の関係で文部科学行政とは特に縁が深い。松野氏とは国会でも友人ですが、彼はこの1年間、多くの業務をただ黙々とこなしており、地味だがよく頑張ったという印象。彼にとってはやむを得ない案件が、やや多過ぎたとも言えよう。

 

2017年

7月

29日

■ 環境大臣、被災地視察

  山本公一環境大臣が朝倉市、東峰村被災地を視察された。環境省の主たる役割は災害発生後の自然環境、社会環境の回復、維持である。今回災害の特徴に山林の地滑り、土石流とともに道路、河川に流れ入った凄まじい量の流倒木であって、それらを早期に廃棄物として処理することも必要であるが、一方木材をチップやぺレットの形に前処理することでバイオ発電の燃料などに有効利用出来るのではないか、ということを私は環境大臣に進言しておいた。

 

2017年

7月

27日

■ 柔道世界選手権、選手団壮行会

  東京の講道館にて、8月末の柔道世界選手権 (ハンガリー・ブダペスト) に出場する選手団壮行会が行なわれました。昨年のリオ・オリンピック以来、わが日本柔道は昇り調子にあります。必ずや立派な成績を残してくれるでしょう。私は国会議員の代表(「柔道推進議員連盟 」副会長)の立場で万歳三唱の役を得たので、「諸君の背には1億2700万人の国民が応援に付いています。必勝を祈ります。」と前振りして「バンザーイ」を元気よく三唱しました。

(選手団団長は井上康生氏。全日本柔道連盟会長は宗岡正二氏から山下泰裕氏に交代された。)

 

2017年

7月

26日

■ 自民党、災害対策本部会合

  党本部にて災害対策本部が開かれ、豪雨発生3週間、政府としての取り組み、問題点が各省から詳しく報告された。行方不明者が未だ残る中、「激甚災害対策法」にも指定され、道路、河川の緊急工事、被災者の避難、生活支援、流木、流倒木の後処理等々、全体的対策は一応着々と進んでいることが報告された。農地林野には救済上乗せ(「本激」)も予定されているという。
  私は特に発言を求め、まず地元責任者として、今日までの政府と自民党の素早くも総合的な取り組みに対して心からの感謝を述べた。しかし災害の後処理、復旧、復興、住民の生活支援、経済の取り戻し、農業、林業の復興、インフラの再整備等今後の問題は余りに多く、本当の対策はむしろこれからであり、自民党、政府の挙げてさらなるご支援をお願いしたいと発言した。

2017年

7月

25日

■ シリア大使を送別

  シリアのワリフ・ハラビ大使(臨時代理大使)が離任するので、友好議員連盟有志で送別会を開きました。シリアは今国際的には最も難しい国のひとつであろう。国内には反政府組織との内戦が続き、周辺ではIS(「イスラム国」)という不毛な過激派テロ組織が跳梁する。それをロシア、米国ほかトルコ、サウジ、イスラエル、イラク、イラン、イスラム諸国が入り乱れて紛争に加わる。アサド大統領の政権運営も問題なしとしない。

  日本は米国と歩調を併せて、外交は事実上ホールド(中断)している。当然にワリフ大使の立場は辛く、肩身は非常に狭い。日本とシリアの友好関係を立て直すに必死に懸命に頑張った4年間でもあった。
  私は竹本直一議員らと「友好議員連盟」を発足させたが、これは大使にとっては在任中の最大の成果の一つだという。挨拶の最後は声を詰まらせたが、多分大使の思い万感がさせたものだろう。大使は帰国して、外務省の要職に就くという。

 

2017年

7月

24日

■ 韓国、慰安婦財団理事長、辞任「最終的な解決」はなったのか。

  一昨年暮れの「日韓合意」は慰安婦問題につき、『最終的かつ不可逆的に解決した』と合意した。これに基づき韓国は華々しく「和解、癒しの財団」という組織を作り、日本はこれに10億円を拠出した。その財団の理事長が急に辞めるという、また国内では混乱が起こっているのだろうか。この金の大半は「慰安婦」と自称する老女達にすでに一人1000万円あたり支払われている(死者には2~300万円? )。
      言うまでもない、この「日韓合意」は国家間の最高の規範であるが、韓国では今回新しい大統領(「文ジェイン氏」)が出て来て、専らこれを破棄する、少なくとも遵守しないと公言しており、実質はもう反故にされた状態なのだろう。合意の際の最小の約束(条件)はソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去だったが、撤去どころか今は新しくプサンの日本総領事館前にも作り、その反日運動は各地に、また世界中に広げている。あろうことかユネスコの「記憶遺産」への登録も韓国が正面切って申請している。

      この「日韓合意」については、その締結から私は心ある自民党議員らと共に反対した。理由は「なぜ安倍首相まで実質謝罪するのか」、「慰安婦像は本当に撤去するのか」など。さらに10億円の具体的支払いについても最後まで反対演説をしたが、外務省には支払いを先行させた方が韓国に精神的プレッシャーを与えて撤去を急ぐだろうと嘯(うそぶ)く者さえがいた。
      神聖な国家間合意をどうするかはその国の問題であって、その国の国民が最後に判断する。しかしこの合意に至るまで我が国が負った負担や犠牲は、この際きっちり主張することが重要である。10億円を返すべしなどは言わぬにしても、せめて政府はあの『最終的かつ不可逆的な解決』という歴史的銘文を、韓国は今国家として民族としてどう理解しているのかを訊すくらいのことはしなければならない。

                 写真はカナダ・トロント市の「慰安婦像」(原田撮)

2017年

7月

21日

■ 急遽カナダへ。「国連本部の水害対策会議、出席」(その2)

  併せてトロントから急遽ニューヨークに飛び国連本部における「水と災害に関する特別委員会」総会に出席しました。自民党の二階幹事長が日本代表として日本の気候変動と豪雨災害など、日本の対策や国際的動き、さらには日本提唱の「ツナミ(津波)の日」への取り組みなどを発表された。朝倉、東峰村の豪雨災害についても先日の視察を踏まえて具に報告された。
  また皇太子殿下がビデオ出演の形で水資源開発、治水、利水について様々な具体事例を紹介しながら基調講演をされ、総会全体に大きな感銘を与えられた。

 

2017年

7月

20日

■ 急遽カナダに渡る。「オンタリオ州の反日活動」と「国連の水害対策会議、出席」

  私は今、カナダのオンタリオ州トロント市に来ています。元々は1週間ほど前来る予定でしたが、地元の朝倉市、東峰村の豪雨災害のため予定を変更し、最後は行くか行かないかで大いに悩みましたが、結局は当初計画を実行しました。
      本年3月頃からの話で、カナダのオンタリオ州には多く住む中国系住民が中心となって「南京事件の記念日」という反日的な制度を作ろうとする運動が大きくなった。これは断じて阻止しなければならない。5月までの州議会会期には間に合わなかったが、9月以降の秋会期には再び法案として取り上げることがはっきりしており、これを阻止するためには如何な手を打つべきか。すでに自民党としては外務省やトロント市民などと相談しながらその対策を講じてきたところですが、更に効果的な手段があるあるだろうか。

  トロント市というあまり馴染みのない地に降り立ち、地元の日本市民集団、総領事館、経済団体などと密かにかつ精力的に情報交換を重ねたところです。帰国して9月までには対策を決めます。

 

2017年

7月

18日

■ 中国公船が福岡沖領海を侵犯、政府は厳しく抗議せよ。

  中国の公船(監視船)が福岡沖の領海を侵犯した。かつて無かったことである。福岡沖2海域をしかも数時間滞留した。日本は外交的には「抗議」とせず「関心表明」という手続きに留めたという。軍艦でも領海を通過することは「無害通行」なら許されることに配慮したらしい。しかし、そもそも中国の公船が何のために、日本は今九州豪雨災害の非常時にあり、その隙(すき)を狙ったともいえる。東シナ海では常態化する尖閣諸島、海洋資源への領海侵入を考えてもこの領海侵犯が意図的なもので「無害」なものであるはずはあるまい。まず偶然を装い外国の領地、領海に入りその国の反応を窺い、頻度をエスカレートさせ、遂には実効支配や政治策動を目指すというのが中国の歴史的な常套手段であって、「中国の意図が分からない」などと言っている場合ではない。
  私たちは今、災害対策や政権の支持低迷に直面しているが、内政がどうであれ、いやこういう時こそ、国際政治の非情さは露骨に出てくるものであって、この際政府は大使を呼んででも大抗議をしなければならない。

 

2017年

7月

16日

■ 二階自民党幹事長、来訪

  朝倉市、東峰村の豪雨被災に対し自民党の二階幹事長が来訪、巡回された。安倍総理ほか各省大臣もすでに政府の立場で視察されたが、与党自民党の幹事長としての立場はまた一層重いものがある。両市村での現場視察と意見交換は緊張に満ちたものであり、幹事長からは、激甚災害法の指定、人命の捜索、道路河川の改修、原状復興から改善復興、流倒木対策、桂川対策などいずれもてきぱきと方針を示された。地元の人々も大いに元気付けられたと思われます。

 

2017年

7月

15日

■ 稲田防衛、世耕経済大臣来訪

  豪雨災害発生10日が経つ。道路、河川、家屋など被災の直接現場も少しづつだが着実に整理整頓が進んでいます。しかし関係者の苦労もむしろこれからが大変で、政府、自治体の総合対策にも更に期待が掛かります。
  要人の来訪も続きます。いずれも政府の「現場主義」に沿ってきめ細かい対策を目指そうというもの、各省庁とも懸命です。今日は「稲田朋美防衛大臣」が数千を超える被災地支援の自衛隊員を督励するために、また「世耕弘成経産大臣」が被災の商工業関係者の実態を調べるために来訪されました。私はいずれにも地域代表として同席したところです。

 

2017年

7月

14日

■ 党本部への報告

  県庁訪問の後上京しました。自民党本部での「災害対策本部」に出席、二階幹事長ほか党幹部及び関係各省に対し福岡地元の現状と要望等を報告して、さらなる対処をお願いしました。

  あえて防災服を着用して東京組に緊張感を与えてみました。

 

2017年

7月

14日

■ 麻生副総理と県庁訪問、「地球環境の変化も自然災害の原因か」

  麻生太郎副総理(財務・金融大臣)と福岡県庁を訪問した。県知事、県当局から改めて朝倉市、東峰村災害の情況説明を受けた上で政策的陳情を受けた。更に自民党、農政連等県議会関係からも陳情を受けた。これらの意見や陳情を踏まえてこれから国のサイドの政策や予算編成に取り組んでいく。
      今回の大被害復旧に関しては単に「原状(元の状況への)復旧」というものでなくはるかに高度な「改善復旧」が必要であることについては国の側も異論はなくなった。その際「日本の気候も、地球台の環境変化に沿って、最早『モンスーン型気候から亜熱帯気候』に完全に変化したという基本認識が必要である。それは森林の環境変化にこそ最も顕著であって、流木、流倒木が今回の被害を悪化させたことに表れている。森林政策が変わらなければ、今後の自然災害は止められない。」、これは麻生副総理の発言であって、その慧眼(けいがん)には敬服する。

  また個別には朝倉市を流れる「桂川」補修が長年の懸案であったが、今回の水害でその重要性が再確認されたので早速に本格的に取りむこととする。

 

2017年

7月

13日

■ 安倍総理、視察。「激甚災害には直ちに精霊指定する」

  安倍総理が朝倉市、東峰村に入られ被災地を具に視察された。地元幹部との意見交換も進んだ。避難所においては被災者たちを丁寧に労われた。最も激しい被災現場では犠牲者に黙祷を捧げた上で具に視察された。
  記者会見において「激甚災害法による地域指定は直ちに行う」、「地方交付税の交付は繰り上げして行う」の2点を明言され、自治体の財政負担軽減に配慮された。
  現職総理がこの地域に来られるのは初めてで、被災地全体にとって何よりの激励になった。私は「農業被害の復興と対策」について特段の発言を行った。総理から私へは名指しで頑張るように指示された。

 

2017年

7月

12日

■ 山本有二農林水産大臣来訪

  山本有二農水大臣が来訪され、地元の農林関係者を激励された。朝倉市の誇る「三連水車」も水路ともども壊れ果て、背後に広がる一面の田植え後が豪雨に浸かっているところを視察してもらった。大臣にはこれからの復旧対策をしっかり約束してもらった。

  山本氏とは国会では特に仲が良く、事務所に直々の激励電話をくれたところ、その思い遣りに感激する。

  隔絶されていた東峰村「小石原地区」にもなんとか入ることを得た。甚大な被害を目の当たりにして今後の対策に思いをめぐらしたところ。

2017年

7月

11日

■ 災害避難者の疲れ、憤り

  今被災地では、1000人余りの人が家を離れて20ヶ所の避難所に分散している。避難生活も1週間経つと当然、疲れが出てくる、特に高齢者にとっては暑さと疲れと精神的重圧で身体を壊す人も出てくる。要人たち来訪者も、その都度何ヶ所か避難所を訪問して皆さんを激励するし、避難者もまたそれを糧に元気を取り戻す。ただ事態は単純でない。避難所の中には、疲れやストレス、精神的不安で感情が高ぶり、ついわれわれ訪問者、顔見知りの顔を見ると爆発させる人もいる。「来るのが遅い」から始まり「道を早く治せ」、「壊れた家はどうしてくれる」、「あれほど工事しろと言っていたではないか」・・・・次々と不満が出てくる。抑えきれない気持ちを聴くのも大事なことである。彼らの多くは家も土地も失っている。彼らの辛い気持ちを分かることが特に重要なことである。
      避難生活はこれから長く続く、恐らく 架設住宅の議論も早晩出てくる。彼らの生活と将来をどうするか、最も困難な問題は未だ緒にも就いていない。

 

2017年

7月

10日

■ 安倍首相、12日に来訪。

  自民党本部(東京)に戻り、二階幹事長ら関係役員に朝倉市、東峰村の現状と問題点について報告をした上で、今後の国の対策等について指示を受けた。合わせて自民党福岡県連からの陳情を受けた。
  二階幹事長からは「激甚災害の指定は直ちに行う」と明言を受けた。なお7月12日(水)に安倍首相、15日(土)には二階幹事長が福岡県と被災地を訪問される。

 

2017年

7月

09日

■ 国交大臣来訪、視察と対策

  大水害も5日が過ぎる。政府から続々と要人が来訪、私も対応に忙しい。石井啓一国土交通大臣が多くの職員と共に朝倉市と東峰村の対策本部を訪問、市長、村長らとしっかり協議を重ねました。私はこれらの情況を踏まえて政府、自民党本部と調整を致します。

      朝倉市: 石井大臣 対 森田市長、私ほか...

  東峰村: 石井大臣 対 渋谷村長、小川県知事、樋口県議長、私ほか

2017年

7月

07日

■ 豪雨被害、「東峰村」

  7月7日、朝から再び被災地へ。朝倉市役所と対策本部には、国の松本内閣府災害担当副大臣が来ており、小川県知事、森田朝倉市長らと総出で現況の分析と意見交換、要望活動を行った。その後市内各地の住民避難所を訪問、被災地の視察を行った。
  私は単独で迂回ルートを使って「東峰村(宝珠山地区)」に辿り着いた。被災の規模と度合いは、また一層厳しいものがある。道路は分断され、電気も切れ、通信網も宇宙衛星を経由しての運用、水の供給も止まっている。自衛隊の協力こそが不可欠となっており、小倉や飯塚の部隊から300余の隊員が任に就いている。
  同村小石原地区には未だ道路は復旧せず。雨は断続的に降っており、この週末も未だ要注意という。...

  これだけ多くの被災箇所と一気に接触すると、その異常さに無意識に慣れてくる。自然災害は「大自然の怒り」とも言われる。災害を瑞々しく受け止める謙虚さこそ、政治家には常に必要なことである。
(被災者訪問、小川県知事らと)

2017年

7月

06日

■ 記録的豪雨、「朝倉市」と「東峰村」

  朝倉市の記録的豪雨。7月6日、およそ半日、被災箇所を具さに見て回りました。馴れ親しんだ風景の余りの変わりようには言葉を失いました。
  日頃は枯れた川々に轟々と水音が響き、植わったばかりの稲田は広大な満水で覆われ、植樹園の樹木と苗床は全て押し流され、個々人の住宅の座敷はメートルの高さまで畳が浮き、通行止めの道路には巨大な材木が散乱しなんと山の木々が根こそぎ流れついたもの、小さな橋は川に落ち、中学校の校舎は土台がえぐられ大きく傾き、旧家の邸宅は遂に山土砂に圧されることになったり、・・・・。
その先、東峰村には遂には道路途絶で行くことも出来ませんでした。人間の営みが大自然の前には如何に無力なものかを知った瞬間でもありました。...

  今日は一日中、テレビもラジオも「朝倉市」と「東峰村」と「福岡県」の災害報道に費やされました。道を走る赤い消防車の多くは他県、他市からの応援ということが分かります。自衛隊も黙々と活動している様が報道されます。午後には東京・自民党本部にて緊急検討会が開かれたので、私からは当面の現場調査を速報としてファックスしておきました。

2017年

7月

05日

■ 地元の朝倉市、東峰村、記録的集中豪雨

  台風や梅雨前線が重なったのか、福岡県の相当地域、とりわけ朝倉市や東峰村に時間100ミリ、半日で600ミリを超える集中豪雨が発生しており、河川氾濫、崖崩れや家屋浸水などが発生、その危険性が高まっています。殆ど全市、全村が大雨特別警報により学校、公民館などに避難しています。
      私も東京に用事を抱えながら、急遽、福岡地元に戻って来て明日の地元視察に備えているところです。

 

2017年

7月

05日

■ 山元学校、誕生日パーティーとシリア大使の涙

  4日夜『山元学校』の「山元雅信氏」の誕生祝いが賑やかに行われた。山元氏は長いことかけて、本当に多くの人材、国際的人材を育ててこられた。私は挨拶に立つと「山元学校こそ現代の『松下村塾』、何百もの人材を世の中に送り出された」と紹介しました。彼は誰かれをいつも平たく、大切に扱われる、決して威張らない。輪の中にいる彼を見れば人となりは直ぐに分かります。

  外国女性は中東シリアの駐日大使ワリク氏。シリアは今、大変に難しい国です。この度「日本・シリア議員連盟」を結成したと報告したところ、会場全体が祝福と大歓声に包まれました。われわれには小さいことですが、困苦にいる人々にとってはこんなに大きな喜びがあることに気付きました。

 

2017年

7月

05日

■ 外交2題、北朝鮮とロシア

  北朝鮮のミサイル実験が止まらない。4日の発射はロフテッド方式、2700キロ以上の高度に打ち上げ水平800キロ、日本のEEZに達した。この技術では水平5-6000キロにも及び、アメリカ本土アラスカには達すると見られている。核弾頭の開発も進んでいる。
      日本及び国際社会は非難する、抗議する。が、聴く耳なければ効果はない、経済制裁も実効性は期待できない。
      北朝鮮の核、ミサイル開発はどうすれば止められるか、正直誰も答えられない。

  北方四島の「日露共同開発」について、政府調査団の報告があった。昨年12月の「安倍・プーチン首脳会談」で決まったこと。「共同開発」とは四島を両国合同で開発していくこと、しからば両国の主権をどう調整するのか、どちらの法律を適用するのか、基本的なことは全てこれから決めるらしい。
  私は敢えて発言した、「首脳会談以降、『領土返還』の言葉は全く聞かなくなった。あの瞬間も何度か指摘したが、果たして日本は領土返還の主張を引っ込めたのか。昔はなまじ開発に協力すると、領土交渉は却って遅れるという危惧もあった・・・」と。もちろん答えはなかった。

 

2017年

7月

04日

■ 外交の舞台、福岡県産のお披露目

  外務省の肝いりで在京外交団と各県の現況アピール、県産品お披露目パーティーが行われる。今回はわが福岡県。地元から県知事、県議長らが大挙上ってきて、世界中の外交官と大懇親会、ゆっくり出来れば大いに酒食も楽しめたろう。

 

2017年

7月

03日

■ 「政治の安定」を目指す‐‐‐新派閥『志公会』結成

  麻生派、山東派など政策集団が合併して新『志公会』を結成した。麻生太郎会長は「数を目指すのではない、保守本流の意識を持ち政治の安定こそ重要、如何なる経済政策も政治の安定、継続性、予測可能性なくして国民の期待に応えられない。安倍内閣の中核を担う。」と挨拶された。
  小選挙区制が導入されて20余年、政党間の健全な政権交代がもはや期待できない以上、自民党という保守政党の中で、健全な政策闘争と政権交代を繰り返す、よって安定した政治を続けることで国民に最大多数の最大幸福を提供することが出来る、というのが新政策集団の理念と説明される。私たちはその理念に同意して新派閥に馳せ参じた。

  折しも東京都議会選挙で自民党が大敗した翌日、この日の結成大会を政界や経済界、およそ世の中が如何に認識したかは分からないが、自分たちは気力が内から漲(みなぎ)ってくるのを覚える。

 

2017年

7月

03日

■ 都議会選挙、自民党大敗、小池知事派圧勝

  7月2日、都議会議員選挙は小池知事派の「都民ファースト」が圧勝し、自民党はほぼ3分の1への議席減という歴史的大敗を喫した。政府自民党の強権政治と、森友、加計問題などの処理、閣僚、議員の不祥事、失言などが一斉に顕在化したというのが専らの論評である。敗因が如何であれ、負けた選挙は戻ってこない、あとはその上に立っていかに態勢を立て直すか。「安倍一強」と言われて久しいが、それを許してきた政治家全てに責任があると自省しなければならない。

 

2017年

7月

02日

■ 「憲法改正」にむけて、地元の憲法改正講演会

  憲法改正議論が自民党本部を中心に加速化されてきた。5月3日「憲法記念日」で安倍首相(自民党総裁)は「憲法9条に自衛隊条項を加える、2020年中には施行する」と発言した。これは衝撃的かつその起爆力は比類なきもので、その後の国政における憲法改正議論を方向付けた。
  地元においてもさらにその議論の場を広げて、きたる日(たとえば国民投票)に備えなければならず、今日は大野城市にて講演会を開いた。

 

2017年

6月

30日

■ ユネスコ「世界記憶」への登録を目指して

  「通州事件」や「慰安婦問題」をユネスコ「世界の記憶」(「記憶遺産」)に正しく登録しようとする動きがあり、一方でユネスコ事務局の手続き、運営面に問題が多く、わが国も戦略的活動が必要であるとの結論に達した。

   (自民党 「国際情報検討委員会」)

 

2017年

6月

29日

■ アパホテル、「国会議事堂そば」ホテルの竣工式

  アパホテルが国会議事堂そばに新ホテルを建てるが、その起工式が行われた。500室、地上17階というから他を圧する規模を誇る。私は何度もの式典に同席したが、グループの勢いは実に驚異的である。元谷代表(社長)は東京のど真ん中にどうしても欲しかったと述懐された。「外国の国賓級は別のホテルに泊まられる。アパホテルはその随員たちを目指す、随員の方が数は圧倒的に多い」と経営哲学の一端を答えられた。

 

2017年

6月

28日

■ Wood Legacy(木の総合文化)議員連盟総会

  4月に立ち上げたWood Legacy 議員連盟の総会を盛会に行った。10を超える木工関係業界が政治や政府に持つ意見や要望事項をヒアリングしたもので、それらを今後の議連の運動に結びつけていくものです。
  冒頭、私 (幹事長)からは、2020年の国際森林デーに 「国際大会」を日本に招致しよう、「木育」(もくいく)の普及で日本人の人生を豊かにしよう、日本の高度な木の総合文化(レガシー)を国際的にも発信しよう、政府への働きかけを強めよう、などと発言し会議の方向を示しました。夢ある政策を推進することは大変楽しいことです。

 

2017年

6月

28日

■ 「医療過誤」について、「医療未来の会」

  『医療と薬品の未来を語る会』の月例講演会、休まず続けて15回目になります。群馬大など最近の医療事故を踏まえて「医療過誤と訴訟」というテーマで専門の「井上清成」弁護士の講演を受けました。医療過誤問題ではマスコミ報道の大小が社会問題になるかどうかに繋がるというユニークな認識を示された。

 

2017年

6月

27日

■ 国際的焼き鳥店「権八(ごんぱち)」

  インドからのビジネスマン、マルカスさんに誘われて東京の焼き鳥店「権八・西麻布」に行った。200人も入ろうかという3層建ての店内、焼き鳥、天ぷらはおろか寿司もめん類も出てくるというあらゆる品揃え、お客の3分の2は外国人というのがまた珍しい。その昔、小泉首相がアメリカのブッシュ大統領を連れて来たということでも有名、確かその時テレビで見たような記憶がある。

 

2017年

6月

25日

■ 大学生と学習会

  選挙投票年齢が18歳になるなど政治年齢が低下しており、議員もその流れに遅れてはなりません。地元の事務所に大学生が集まってくれたので、私が人生訓を少し話した上で、天皇退位、憲法改正、テロ等準備罪、北朝鮮問題など最近の政治経済問題を説明、続いて活発に質問や意見のやり取りをしました。日本史では武士の幕藩体制と天皇制とが何故両立し得たのか、テロ等準備罪と共謀罪との違い、日本は移民政策をどうするかなど鋭い質問も出て、自分にとっても大いに学習の場となりました。若い人々は独自の世界観を作っています。

 

2017年

6月

23日

■ ミャンマーの実業家と「感謝の気持ち」

  ミャンマーの若い実業家が事業の相談に来ました。国内開発において日本の援助協力が必要ということで、私は全力で取り組むことを約束しました。大きな夢を抱いて懸命に努力する姿は、先進国の我々には新鮮で胸を打つもので、むしろ学ぶことこそ多いと感じました。アウン君とウー君二人は日本語も立派に習得しており、両国の発展に向けては大いに活躍するものと思います。
  二人には、著書に私の座右の銘『天恩地恵 』を揮毫して、励ましたところです。

(= 私たちの人生は、全て「天のご恩」と「地の恵み」に支えられている。感謝の気持ちを持って毎日を努力することが大切である。)

 

2017年

6月

22日

■ 「社会を誹謗、暴言から守ろう」韓国、社会運動家の来訪

  韓国の社会運動家のミン (閔)ビョンチュル氏の来訪を受けた。ミン氏は韓国の非常に著名な教育学者でこの10年、「善プル運動」という社会運動を広く国内で展開しています。他人を汚い言葉で誹謗、中傷しない、ヘイトスピーチをやめる、誰とでも優しく付き合うという生活指導を中心としており、とりわけインターネット社会では匿名の書き込みなどで人を非難し傷つけることが横行、そのことでタレントが自殺したなどの事件も時々起こる、それらをやめさせ、明るく健康な社会を作ることを目指しています。
      日本人の性格は一般的にもっと穏やかで、お互い傷つけ合うことは余りない、ただ日本でもへイトスピーチ規制法が成立し、ネットの書き込みなどもすでに社会問題化しています。「善プル運動」の目指す道徳的価値はしっかり認め、私が日本人の代表として積極的に応援することを約しました。
      韓国は大統領も変わり、新しい時代を迎えようとしています。日韓間には慰安婦、竹島など一方で大きな政治問題...もありますが、社会レベルや人間レベルで交流を進めることは大変重要なことです。

あとは居酒屋に場所を変え、おそくまで人間関係を深めました。

2017年

6月

21日

■ 次世代の原子力エネルギー「溶融塩炉」(MSR)、盛大な学習会

  使用済み核燃料を食い潰すとされる次世代の原子力エネルギー「溶融塩炉 (Molten Salt Reactor)」を学習する会を開催した。私たち議員( 最高顧問 額賀福志郎、森英介、 会長 山本拓、 幹事長 原田 )が世話人として出席、政府からは文部科学省、資源エネルギー庁、環境省ら、経済界からは経団連、電気事業連合会、各電力会社、また研究者、学者も多く出席し、総勢200人以上の大規模会合となった。

  国のエネルギー政策の中で原子力エネルギーが  重要なことは理解されているが、6年前 の東日本大震災以降、使用済み核燃料の処理など多くの問題点が噴き出してきた。ついては国のエネルギー政策のうち「原子力エネルギー」の位置付け、将来の見通し等につき専門の学者( 電力中央研究所 「木下幹康」教授、東京大学 「寺井隆幸 」教授 )の講演を聴いた。次世代の原子力エネルギーとして「溶融塩炉」が多くの長所を持ち非常に有用であり、すでに米国と中国の研究開発が大きく先行してい...るが今からでも遅くない、わが国も早急に本格的対策が必要であるとの方向となった。これによりわが国の原子力分野の蓄積と人材の継続的育成が十分可能となるとの期待も謳われた。
      合わせて元文部大臣、元東京大学総長の「有馬朗人」先生から今日我が国の科学技術教育の相対的低下が危機的状況にあり、「溶融塩炉」などの先進的分野の研究開発の加速化、実用化が極めて重要であるという力強い演説も添えて頂いた。
      最後にこれらの思いを決議文に託し、会の総意として自民党、政府へ訴えた。

2017年

6月

20日

■ 世界から、元気な子供たち

  私は「(財)国際青少年研修協会」という教育組織の会長を10年ほど努めています。この任務では普段と違った刺激を受けて、自らの活性化にも大いに役立っています。この会は40年の歴史と実績を持ち、すでに3万を超える外国と日本の子供たち( 概ね、中学生まで)を相互に行き来させて、国際交流、国際理解を進めています。一度私も外国に引率することになっていますが、未だ果たせません。

  インドの子供たち、非常に高い階級の子供たちで、全員がイギリス型の寄宿舎生活、反応の速い子ばかりでした。
  シンガポールの子供たち、日本語学習をしており、会話は半分日本語で通じます。浜松市で2週間ほど中学校に通ったが、数学など易しかった、という。

 

2017年

6月

17日

「三連水車」と「山田堰(せき)」朝倉市驚異の治水事業

  この大事業は、江戸時代 、 約220年前に起こされました。筑後川は昔から暴れ川でしたが、その水を農業用水として活用し広く地域の発展に結んだのが「山田堰(せき=ダム) 」と「三連水車」でした。この壮大な土木事業とそれを産み出した先人たち(庄屋 「古賀百工」ら)の知恵、血の出るような努力、その集結力、持続力に現代人はただ驚くのみです。その偉大さは時代を超えて、地域遺産として未来に向けても生きていきます。またこの事績と技術は今や遠く国際的にも評価され東南アジアなど途上国の開発発展に大きな影響を与えています。(「ペシャワール会」、「中村哲 医師 」らの努力も)
今日は、その山田堰から三連水車を結ぶ「堀川用水」の通水行事が厳かな神事とともに行われました。皮肉なことに今年は田植えの時季を迎えて強く渇水の傾向にあり、神事祝詞にも雨乞いの祈りが入りました。
  尚、10年前、この一帯は国の『疏水百選』に選ばれ、三連水車はその「全国名鑑」の表紙まで飾りましたが、私も農水省、国交省辺りに強く働きかけたことがありました。

追、 この場所は、斉明、天智両天皇がご来臨されたとする史実、伝承が残っており、地域の観光資源となっています。

 

2017年

6月

16日

■ カナダ・オンタリオ州にも反日運動

  カナダ・オンタリオ州議会では、中国系住民を中心に「南京事件記念日」を制定しようとの動きが活発になってきた。5月中の州議会では法案審議は間に合わなかったが、9月からの会期には当然本格的な審議が行われる。市街での千人規模のデモや資金集めなど市民運動も強く後押しをしているようで、我が国としては早めにしっかりと対応しなければならない。今回は自民党有志の15人の名前で州議会の責任者宛て、強い反対意見書を送付した。
  これは、国際社会でいかに反日運動が広がっているか、国際的情報戦争に圧されているかの事例である。毎度モグラ叩きみたいなことを重ねても埒が開かないのであって、本来は日本の国家国益を踏まえた総合的な情報発信政策が何より必要ということを痛感する次第である。

 

2017年

6月

15日

■ 徹夜国会、会期末には恒例に

  いよいよ国会も会期末となりました。いつもの風景とはいえ、民進党ら野党が内閣不信任案を上程し、日付けが変わって深夜に記名採決、終わったのは2時30分。投票の与野党差は1対 3にも及ばず、本当なら採決するまでもなかった。一方の参議院の方は、いわゆる「テロ等準備罪」に絡む法務大臣、委員長らの問責決議の手続きで翌朝の8時頃までかかった。
  これら国会手続きの非合理性についてはいうまでもないが、「議事妨害」(filibuster)というのは、弱い野党が強い政権与党に対してルールの限りを尽くして抵抗することで、何処の国にも存在する。いわば、議会主義が健全に作用していることの証しともいえる。野党にだけはなりたくない、と最も強く思う瞬間でもある。

 

2017年

6月

14日

■ 「山元学校」、とは「現代の松下村塾」!

  「山元雅信」氏は市井の人でかつ偉大な宣教師である。国境を越えて若人たちを、平和と繁栄、幸福へと導こうとされる。「山元学校」は私塾「松下村塾」、「郷中教育」の現代版、開講20年、すでに2万人以上の受講生を送り出した。
  本日、八木下重義氏「地震は予知できる」には強い感銘を受けた。「東日本大震災、熊本大地震」を止めることは出来ないが被害をなくすことは出来る。(一般社団法人 地震予兆研究センター)

 

2017年

6月

13日

■ 人は何故、雨を祈るか。「戒壇院コンサート」(その2)

  コンサートの合間にご住職から心に浸むお話(仏話)を聴くことがありました。

  この日は素晴らしいお天気でした。人は皆晴れの日は喜ぶ、雨が降ると嫌な、困った顔をする。「晴れ男」と言われれば胸を張り、「彼は雨男」と呼ばれれば、つい肩身が狭くなる。...
  しかし、実は、古今の仏教典のどこを探しても、晴れの日を祈る経文は一つもないそうです。雨を祈る、「雨乞い」の経文は至る所に出てきます。晴れは放っといてもやって来る、雨は乞い祈らなければやって来ない。雨の日にこそ真実があり、困ったなと思う時こそ、実は本当の幸せがあるのです。だから人は昔から雨の降ることばかりを懸命に祈ってきたのです。

2017年

6月

12日

■ あの戒壇院でのコンサート

  初夏の新緑が映える中、名刹(めいさつ)「戒壇院」にて音楽コンサートが開かれ、しばし至福の瞬間に浸りました。銘打って「菩提樹の下で」。「戒壇院」とは奈良時代に唐僧「鑑真」が開いたもので僧尼の修行する、戒律を受ける寺として、ここ太宰府(観世音寺)、奈良(東大寺)、栃木(下野薬師寺)とともに「天下三戒壇」と称される。仏さまの樹とされる「菩提樹」が大事に保存され世の平安をこそ祈っています。

 

2017年

6月

11日

■ 弁護士事務所と私

  私の事務所の奥谷義満君(弁護士)の結婚式があり、事務所の面々がその門出を祝いました。皆で写真を撮るのは久しぶりです。
  私は細々と弁護士事務所(「原田国際法律事務所 」)を運営して10年を超えました。私は政治一本の生活を続けていますが、実は誰しも議員は、政治事務所を維持するのが経済的には大変なのです。浮き沈みが極端に激しい生活であって、月々の議員手当てと後援者の浄財だけでは十分にやっていけないのが正直なところです。選挙時や、ましてや落選でもしたら、1日と続けられない過酷なものがあります。
  平成21年に落選した時、私を支えてくれたのは弁護士事務所です。若い弁護士の応援を得て組織を強化しました。どだい私自身が余り法律や訴訟の研修や実戦経験が無く、その分弁護士陣と事務職員が懸命に頑張ってくれました。私は法律事務所には時々顔を出し、また営業的業務には力を尽くしたものです。
  なんの社会でも生きていくことは大変なことです。人生とは『重い荷物を背に負って遠い道のりを歩いて行くが如し』といみじくも喝破したのは、かの徳川家康だと言われています。私にはせめて事務所の諸君に心から感謝するくらいしか出来ません。

 

2017年

6月

08日

■ 徳島県、消費者問題(その2)

徳島県、消費者問題 (その 2)

上勝町の「葉っぱ」ビジネス

 

2017年

6月

08日

■ 徳島県へ、「消費者庁」移転か。驚異的!「上勝(かみかつ)町」

  所属する委員会(「消費者問題特別委員会」)の徳島県への公式派遣に参加してきました。国の大きな流れの中で、東京一極集中を排除して、地方創生、地方への権限配分が進められていますが、例えば文部科学省の文化庁を京都府へ移転したりはほぼ決まっています。内閣府の「消費者庁」を徳島県に移動できないかも大事な段階にきています。
  消費者庁については7月にその準備事務所(「消費者行政新未来創造オフィス」)を立ち上げ、3年間を実験的実証期間と位置付けて様々な検討を加えて、しかる後に最終的な決定を行うこととしています。今回の視察はそのオフィス設置の最終的準備段階を視察に来たものです。徳島県知事らとの会談、事務所施設の内覧を含む県内の多くの消費者関係者と接触しましたが、消費者庁の全面移転に向けて県民挙げて頑張っているという印象を強く受けました。...

  また併せて、上勝町にも訪問し、全国的に有名になった2 事業、
1、「葉っぱビジネス」 日本料理を美しく彩る季節の葉っぱ、花弁、山菜を作ることで大きなビジネスになっており、高齢女性を中心に農協事業として大成功をしています。
2 、ゴミ ゼロ運動(「ゼロ ウェイスト事業 」) 家からは一切ゴミを出さない、自分でステーションまで運ぶ(自家処理)、ゴミ収集車は全くない、ステーションにて常設のリユース( 不用品の提供、交換)など、驚くべき事業に 町中で取り組んでいます。
  などを見学しました。全国他の自治体でも大いに参考になるものと感じました。

2017年

6月

05日

■ 『自転車は地球を救う』

  国会の超党派「自転車推進議員連盟」主催の統一行動「皇居一周」を果たしました。自転車の利活用を積極的に広めていくことは、健康にも良く、環境にも優しく、エネルギー節約、交通混雑にも役立つ、など良いことづくめ。この議員連盟が中心となって様々に自転車活用に向けての政策提言を行なっており、また昨年には「自転車活用推進法」という法律も成立させました。
  6月5日は「国際環境デー」。素晴らしい晴天の下、先ず国会中庭で記念写真など出発式を行なって、あと正門から一斉に駆け出しました。大方は専門的ユニフォームと競走用自転車と本格的ですが、私もその場で急遽参加を決意しました。貸し出し用の自転車(ママチャリ)を借り、上着を脱いで、ヘルメットを着けて、ラインに遅れないように元気にペダルを漕ぎ始めました。皇居一周というのは初めてですが、40分余り、無事完走、久しぶり良い汗をかきました。自転車は「車輌」ですから車道を走るのが法規則であって、大型トラックを含む一般車輌と並列しながら本物の車道を走るのは相当の注意が必要だ、ということを改めて実感しました。

  尚、私はこの「自転車推進議員連盟」では副会長を務めていますが、その歴史は古い。平成10年( 1998年)頃、先輩の「小杉隆」先生から声を掛けられたので事務局長として議員連盟活動を始めました。小杉先生の情熱は本当に熱いものがあり、私も一緒に付いて回った。その後先生はご引退、しかしこの縁あってその秘書「小林成基」さんは今に至ると国の自転車政策の最高の権威者として活動されている。
  第1回 国会統一行動には『自転車は地球を救う』とスローガンを掲げた。( 2000年11月)

 

2017年

6月

04日

■ 『表現の自由』につき国連関係者との討論

  「国連特別報告者」と称してデービッド ・ケイ(David Kaye)なるアメリカ人学者が来日している。そのケイ氏を自民党の情報委員会に急遽招請し、対話集会を開いた。冒頭私から日本の主張を述べた上で議員団との活発な議論が展開された。意思の疏通は図られたが、所詮は言いっ放し、聞きっ放しで、議論は並行線に終わった。
  ケイ氏は約2年かけて日本の人権、政治状況を調査しこのほど日本の「表現の自由」について報告書を出そうとしている。テーマは、表現の自由、放送法のあり方、政治デモの規制、選挙運動の法規制、テロ等準備罪、沖縄基地返還運動、慰安婦の歴史認識など凡そ広範、政治色が非常に強いもの。
  その原案は最終段階にあるが未だ偏見や誤解に満ちた内容にあり、私たち議会も懸念している。我が国は外務省を通じて、細かく指摘して原案の修正や改廃を強く迫っているが、埒があかない。さすがの官房長官も再々に注意している。...
  ケイ氏は言う、あるいは逃げる、自分は単なる報告者であって、国連という組織は代表していない、大小全て事実に即して記述している、意見の相違についてはホームページに併記しているので、読む人の判断に任せたい・・・
  尚自民党の会合の後には左翼系の思想家集会で相当に盛り上がったと聞いた。

  かくして世界は国際的な情報戦争の中にある。日本は情報戦争にいつも後れを取っていると言われて久しい。他人を非難する前に自らの不徳を省みることも重要であって、国連に深く巣食う中国、韓国らの反日情報活動にいかに初期段階から手を打つかに掛かっている、というのが議員団の共通した反省と慚愧でもある。