■ 水城(みずき)堤防に掛かる,民話と涙(その2)

  その大工事が進む中、密かに吉三、平太という名前に身を隠した百済渡来の父子がいた。河川(御笠川?)堤防工事に黙々と身を捧げていた。気の荒い村人にはよそ者、下賤として虐めるものもいたし、村長(むらおさ)をはじめ優しいことばを掛ける者もいた。工事が概ね完了した時、水害が発生した。工事箇所は無残に破壊され、遂に村長は工事失敗のかどで役所に捕縛された。修理回復工事を急かされる中、吉三が「同じ工事では駄目だ、堤はまた壊れる。水を逃がすための「木樋」が必要だ」と提案、新しい工法よって堤防は見違えるように復活した。 

  村長はもちろん釈放、吉三、平太父子は郡長から特別の表彰を受けることとなった。この箇所は今や「父子(ててこ)島」と呼ばれることもある。
  「お前たちは国を捨てて来たのだろう」との放言に、息子の平太が「俺たちは祖国を愛している。しかしもう帰る祖国は滅びて無くなったのだ。」と小躯を震わして泣いた。この演劇の圧巻であった...

(大野城市 劇団「迷子座」<父子嶋異聞>公演録)