「ノモンハン事件」。嗚呼,モンゴル民族の叫び

  80年前、1939(昭和14)年、モンゴルと中国の国境沿い、ノモンハン(今の内モンゴル自治区)で国境争いが起こった。中国(満州国)・日本(関東軍)連合軍 対モンゴル・ソ連連合軍の戦いとなり、満州国がモンゴル民族の建てた国とすると、モンゴル民族同士がモンゴルの地で、列強の代理戦争を戦ったという特異な側面があった。戦闘は兵力物資に勝るソ連側が優位に展開、日本側が反撃する中で停戦、日本軍も主力部隊が壊滅するなど大打撃を受けた。
  その後の定説としては日本側の死者1万7000人、ソ連側2万5000人とされているが、当時のソ連、現在の中国側は、日本側死者「5万4000人」、「日本大敗」として共産党の政治喧伝に利用している...。

  ノモンハンの大草原、戦場跡には政治スローガンの看板が立っている。中国語とモンゴル語で
民族の団結強化
民族の進歩促進
民族の経済繁栄
と書いてある。 (以上 「産経新聞 」8月22日、23日による。)

今モンゴル民族はモンゴル共和国と中国(内モンゴル自治区)とに分かれている。
そして今日本には多くのモンゴル人が住んでおり、出身国を超えて全ての居住モンゴル民族のお祭りが行われている。5月4、5日、東京都練馬区光が丘、春の祭典「ハウリンバヤル」と呼ばれ、横綱白鵬ら相撲取りも参加し、地元では本当に大きなお祭りとなっている。何故か私にも毎年招待状が届く。 また今秋「モンゴル国立大学」に「武道学科」が出来るということで招待を受けている。