■ 「アラモの砦」

  サンアントニオ市にある「アラモの砦」を見た。
  19世紀半ば、メキシコはスペインから独立はしていたが未だ国は安定せず国の内外複雑な政治、武装闘争の中にあった。一方テキサス地区はメキシコ共和国の領土であったが、アメリカ系の入植者(テクシャン)が増え、分離独立運動を強めていた。アメリカ系テクシャンは1835年に独立を一方的に宣言、メキシコ軍はこれを反乱軍として武力鎮圧を謀った。最後はアラモの砦で壮絶な戦闘となり、有名なデイビー・クロケットなどの義勇兵を含む250人余の籠城者全てを殺して戦闘を制した(1836年2月~3月)。これをテクシャン側は、「アラモを守れ、Remember the Alamo」と呼びかけて、アメリカ側にさらなる協力を仰ぎ、結果メキシコの総帥サンタ・アナ(大統領)を捕らえて独立を確定した。テキサス共和国はその後アメリカ合衆国に組み入れられ(1845年)、テキサス州として今日に至る。