■ 3月11日、東日本大震災7年目、市民合同慰霊祭で

  今日は東日本大震災の発災7年目に当たる。思い出すだに悲しくも辛い気持ちに覆われる。その日、その時間、私は丁度東京から福岡に戻る飛行機の中にいた。福岡空港に着いたところ、異様な雰囲気だったので何かあったのかと係員に尋ねた。何か酷いことが東京の方で起こったらしいです、みたいな返事だった。
2週間くらい経った頃、東京の秘書らと何人かで東北の被災現場に向かった。高速道路は通っていたが混乱の中にあり、自衛隊のトラックが登り下り、せわしなく走っていた。福島県では進入規制が厳しく、何とかいう海岸には着いた。津波の現場には息を呑んだ。浜にある建物の屋根に漁船が取り残されていた。テレビでは見ていたが、実物は本当に言語を絶した・・・・
  悲しい現状が報道される。この人たちにとってこの7年間はどんなであったろうか、家族を5人も失くした人、妻を夫を亡くした人、父亡き後に生まれた子・・・慰めの術もなく、しかし彼らは間違いなく立ち上がろうとしていること、雄々しくも。

  筑紫野市役所広場での市民合同慰霊式典に参列しました。1分間のサイレンと黙祷では、16000の死者と2600の行方不明者のせめてもの思いに伝わればと、懸命に祈ったものでした。