■ 「米朝対話」を急げ。日本も協力せよ。

  9月3日、北朝鮮が6回目の核実験を強行し、規模としては過去最大で、広島原爆の10倍、水爆の可能性もあったという。米国を始め日本、韓国は完全に態度を硬化、強硬策をさらに追加、11日にも国連安保理は新たな経済制裁を行う。中国、ロシアも北朝鮮を徹底非難しているが、対話の余地を残すべしとの主張を続けている。
  経済制裁を強化すること、石油、ガスを完全に止めることなどで、北朝鮮の核、ミサイル開発を抑え得るか、期待は余り出来ない、何故ならこれらを続けることで北朝鮮の腹はすでに固まっており、それを進めるに軍事衝突も辞さないとしている。一方米国のトランプ大統領も武力行使の可能性を隠さず、現実には一触即発の緊張が増しているといえる。遂には偶発事故が起こるかも知れない。
      私は、米朝が対話するしか方法はないと思う。米朝が直接の接触、対話するということ。米朝の駆け引きは、一見北朝鮮の粘り勝ちとも見えようが、全く悲観するに当たらない、それで戦争が避けられるのであれば、世界と人類のためにははるかに善である。先にも書いたが、トランプ氏と金正恩氏の勝負は最初から非対称である。トランプ氏と日米韓にとっては一人の一般国民の犠牲者を出すことも許されない。金正恩氏にとっては、何百人、何千人の犠牲が出ようとも国家護持のためには必要悪でしかあるまい。要は両サイドにとって武力衝突に伴い犠牲となる「人質」の重さが決定的に違うのであって、チキンレースとなればその結果は自明である。
      米国にとって、北朝鮮と対話することに恥ずるものは何もない。辛いことだが、北朝鮮の核保有をありのまま認めることは止むを得まい、ただ開発を止めさせるか、「凍結」(=現状維持)で折り合うか、やはり非核を追求するかが大事な争点となる。さらに北朝鮮が朝鮮戦争の「休戦協定」を超えて米朝「平和条約」を締結すること、韓国、日本から米軍の撤退を強くこだわる場合には、それこそ最高度の交渉力で事態の決着を目指すこととなるが、これ故に米朝対話を避ける理由にはならない。
      日本と韓国はどうか。もとより今になって北朝鮮の核保有の事実は否定しようはないが、それを国として公に認めるか否かは国内政治の問題である。半島非核化の旗はいささかも下ろす必要もないが、少なくとも北朝鮮の核保有の現実に立って新たな安全保障政策を組んで行くのは当然である。これを機に韓国には核武装の機運が高まるし、日本でも核にかかる議論が本格的に始まるかも知れない(「核ドミノ」)。私は核兵器の禁止、核拡散防止の観点から両国は断じて核保有を目指すべきではないと考えるが、新しいパラダイム(次元)において自国の安全保障を確保するために米国の核の傘だけでいいのかなど米国の核戦略をどう位置づけるかは日韓両国にとって死活の課題となる。
      今日までの北朝鮮政策には、日米韓の側に中国とロシアに過度に依存してきたことへの率直な反省がなければならない。日米韓の究極の目標が北朝鮮の「無力化」であるとすれば、中露は半島において北朝鮮の現状維持、コミットメント維持を目指しているといえる。目的も目標も基本が異なるのに、共同行動がうまく運ばないことはいわば当然であって、国連安保理の制裁決議ではいつも揉め、中国の輸出入、金融支援が北朝鮮の実際経済を支え、ロシアの軍事技術が実は核、ミサイル開発の母体となり、貿易、観光支援で国民生活を潤している限り、中露の役割には限界と偽善があることに気付くべきである。
      日本はもちろん圧力、経済制裁を徹底的に強めるべきであるが、然し如何なる理由であれ米朝の偶発的武力衝突からわが国民を戦火に晒すようなことは断じてしてはならない。そのためには米朝の対話を実現し、現下の核、ミサイル問題を政治的、外交的、平和的に解決することが必要であって、またわが国はその実現に向けて高度の外交戦略を駆使すべきである。