■ 〈世紀の暴論〉(その2)米朝関係、戦争、核戦争は「絶対に起こさせない」

  米朝関係がグァム島危機で一触即発の時、8月14日、私は「世紀の暴論」と冠して一つの文章を書いた。多くの関心を得たが、率直に評判は良くなかった。原田さんともあろう人がと言う人もいた。しかし私は書いた、これは私の意見や主張でない、それは単に「論理的な帰結」であって、戦争、ましてや核戦争を防ぐにはそれしか残されていない、と。
      北朝鮮のグアム島攻撃は、予想通り、なかった、何故なら米朝どちらも先に手(武力)は出したくないから。米トランプ大統領にしては、先制攻撃して金正恩体制を潰すのはいとも容易い。しかしその時は韓国ソウルは「火の海」になり何万人かの犠牲者は避けられない。それでも北を潰した方がいいとトランプ氏は考えているかもしれないが、さすがに周りが許さない。一方、金正恩委員長にしては、国を守る、国体を守り抜くには核武装、ミサイルは絶対的に必須である。米国攻撃はあくまで示威運動で、まさか本気で撃つつもりはない、しかし12000キロを飛ばして米本土に届くことを見せつけなければ脅しにならない。

  グァム島危機がとりあえず遠のいた今、国際社会では米中が話し合うべき、直接交渉すべきという声に満ちてきた。実はトランプ氏も金正恩氏も本心はそれを渇望しており、お互い言葉を弄して呼び掛けている。では何が難しいのか。ただ一点、米国は北朝鮮の非核化が絶対条件という、即時又はいずれかの時点で核廃棄するのなら、米国は直ぐにでも北朝鮮と話し合いに入る。一方北朝鮮も、ただ一点、非核化が前提となる限り米国と交渉はしない、核保有こそが体制維持の絶対要素であるとする。両者に折り合う余地はない。
今後とも北朝鮮は、更に核開発を続けるだろう。ある時はまた再び、グアムを撃つと予告する、日本の何処かの上空を飛ぶと脅す、当然日本はイージス艦で迎撃体制を作り、地域社会もJ アラートなどで危機対応を急ぐ・・・。国連安保理は経済制裁を強化する、それを繰り返す・・・・。しかし結局、効果は出なかった。出ないはずである、中国もロシアも、制裁するどころか、密かに支援を続けているのだ。

  そして最も恐れること、こういう「ゲーム」(と私は敢えて言うが)を繰り返すうちに、遂に偶発的な衝突が起こること。あの二人の指導者でこそ最もこの衝突は起こり得る。

  ここで敢えて問う、「事実上北朝鮮の核保有を認めることは不可能か」。米朝が遂に接触し、米国が北朝鮮の懐に入り込む、内側から核開発への監視を続けることになる。イスラエル、インド、パキスタンの(違法な)核保有への監視はかくして平和裡に行われている。
      一方、朝鮮半島の非核化目標はいささかも挫けない。日本と韓国にとっては北朝鮮の核保有は決して認めない。しかし今や北朝鮮の核保有の現実を否定する者はいまい。現実を認めない、認めたくないという主観は皆持っており、この現実を受け入れることは身を切る以上に辛いことだが、しかし一歩その現実に立てば、全く新しいフェーズ( 局面 )が見えてくる。やることは山ほど出てくる、北朝鮮と外交を結び、この国を国際社会に引き出し、国の内政や民主化を見届ける。横田めぐみさんらを救い出すことも出来るかも知れない。あの国の不遇な国民2500万人を人道的に救うことも出来るかも知れない。もちろん経済制裁は頑として続け、決して安易な経済支援はしてはならない。
      今日までの北朝鮮政策の最大の失敗と反省は、日米韓がその解決を中国とロシア、取り分け中国に頼り過ぎてきたことである。想起すべきは、中国には世界戦略、アジア戦略の中で、朝鮮半島の現状を「維持すること(status quo)」が自明の目標であって、中国が進んで金正恩の排除を目指すなどあり得ない。北朝鮮を事実上支配下に置いたまま、日韓と対峙し米国と向かい合うことを最上の外交としている。トランプ氏は健気にも習近平氏こそが救世主と崇めたり、頼ったりしているが、中国はただそれを嘲笑している。

  むしろ中露に頼らない、ある時は中露抜きの米朝協議こそ私の言う「論理的な帰結」であって、それはトランプ氏の持って生まれた蛮勇に頼るしかない。米国が北朝鮮を取り込むことになれば、それこそ中国は慌てる、世界を席巻しようと企てる中国の壮大な野心は足下から崩れてくる。韓国THAADでの中国の慌てぶりを見れば米国の行動はその比ではない。
      日本の安全保障は、基本が変わることはない。これら東アジアの不安定を踏まえ、国民の安全保障への意識は飛躍的に高まり、それが自国の総合的な防衛力を支えていく。当然に引き続き、核廃絶を訴えて北朝鮮には対応するが、今こそ「核兵器禁止条約」への参加を含めて、世界の核廃絶の先頭に立つ我が国の厳しい決意を示すこととする。