「三連水車」と「山田堰(せき)」朝倉市驚異の治水事業

  この大事業は、江戸時代 、 約220年前に起こされました。筑後川は昔から暴れ川でしたが、その水を農業用水として活用し広く地域の発展に結んだのが「山田堰(せき=ダム) 」と「三連水車」でした。この壮大な土木事業とそれを産み出した先人たち(庄屋 「古賀百工」ら)の知恵、血の出るような努力、その集結力、持続力に現代人はただ驚くのみです。その偉大さは時代を超えて、地域遺産として未来に向けても生きていきます。またこの事績と技術は今や遠く国際的にも評価され東南アジアなど途上国の開発発展に大きな影響を与えています。(「ペシャワール会」、「中村哲 医師 」らの努力も)
今日は、その山田堰から三連水車を結ぶ「堀川用水」の通水行事が厳かな神事とともに行われました。皮肉なことに今年は田植えの時季を迎えて強く渇水の傾向にあり、神事祝詞にも雨乞いの祈りが入りました。
  尚、10年前、この一帯は国の『疏水百選』に選ばれ、三連水車はその「全国名鑑」の表紙まで飾りましたが、私も農水省、国交省辺りに強く働きかけたことがありました。

追、 この場所は、斉明、天智両天皇がご来臨されたとする史実、伝承が残っており、地域の観光資源となっています。