■ 旧友を悼む、「君は『難病対策の親』」

  旧友の坂井隆憲君が亡くなった。佐賀県出身、衆議院には平成2年に初当選、私と当選同期、旧大蔵省を出て、同じ官僚出身、同じ九州ということで、仲が良かった。みんなから「りゅうけん、りゅうけん」と呼ばれ人気者だった。お互い選挙には弱く、上がったり落ちたり、若い頃は共に苦労した。12,3年目頃、彼に大きな災難が降りかかった。事務所の揉め事や政治資金問題で身辺が慌ただしくなり、遂には司直の手に落ちた。議員も辞めた。

  彼は、社会福祉政策を専門に活動していた。ある時、私のところに来て、「原田、俺は難病問題に取り組みたい、難病患者の苦しみを解決する、手伝ってくれ。」と言う。私は、お前が言うのならもちろんだ、と返し、以後彼の下で難病対策、難病議員連盟の組織づくりに奔走した。...
  そして彼無き後、残された私が中心となり津島雄二先生を引っ張り出したり、難病議員連盟や難病全国組織の基礎を作りあげた。現在の国の難病政策にはいささか寄与したという自負につながっていく。

  坂井は刑に服して、音信不通が長く続いた。そしてある日、刑務所から私に電話が入った。坂井が病に倒れたという、その日が実に彼の出所の日だと言った。長い療養生活で彼は結局聴力を失った、それでも私とか細い交流は続いていた。そして今回突然の訃報となった。
  彼にとって、無念の最期だったかもしれない。悔いの残る人生だったかも知れない。それでも私は呼び掛ける、「りゅうけんよ、辛かったろう、悔しかったろう。でも お前が目指した難病対策は、しっかりと進んでいる。多くの難病者が俺のところに来てくれる。俺はいつもお前のことを話している。坂井りゅうけんこそ『難病対策の親』だと」。
好漢 坂井りゅうけん、静かに眠れ、合掌。享年69 歳。