■ 慟哭の碑「二日市保養所」の慰霊と学習会

  5月14日はその「慰霊の日」となっています。今年はより多くの人々の参加のもと、しめやかに慰霊の祈りが行われました。「水子供養」と銘打たれていますが、「水子」とは何と悲しい響きでしょうか。
  続いて場所を移してこのテーマの学習会(「二日市保養所を語り継ぐ会」)の発足会が行われました。代表の下川正晴氏(もと毎日新聞)の趣旨説明も広く深いものがあり、遠く群馬や京都からの出席者、発言もあり、私も「この歴史を正しく伝えていくことは地元、二日市関係者としての責務でもある」とあいさつをしました。歴史にも隠された形で500を超える堕胎が行われたこと、福岡「博多港」こそ満州、朝鮮からの引き揚げ一大拠点であったこと、さらに遡ると、そもそもあの戦争とは何だったのかということにも思索を広げていくことになります。