■ トランプ大統領とFBI長官(その2)

  昨年の大統領選挙以来、私は以下のことを言わんとしている。よその国の大統領選挙ではあるが、そこでの真実を伝え越しておくことは、いずれは日本の政治にとっても意味を持つとの信念で取り組んでいる。

  大統領選挙の最終盤で、FBIのコミー長官がメール問題で刑事起訴の有無を公言したことは選挙結果に大いに( 決定的に )影響した。日本なら選挙そのものの成否につき大議論が起こるところ。選挙が済んで驚いたことは、内外の全てのメディアや論者が、「実は密かにトランプ氏の当選を予想していた。」と臆面もなくトランプ当選を受け入れたこと。
  一方、負けたクリントン氏は立派であった。基本的に愚痴をこぼさない、報道では一度だけ選挙直後に、「私はコミー長官に殺された」と激しく非難した。そして今回、コミー長官解任を聞いて、「あの10月27日( メール問題で再捜査するとのコミー長官発表)の前日が投票日だったら、私が大統領になっていただろう。」と珍しく悔やんだ。彼女は終わったものをいくら足掻いても、何も変わらないということを分かっている。
  オバマ大統領は、多分クリントン氏の敗戦に責任を感じていた。在任中の最後の仕事として、ロシアの国家犯罪、メール事件とサイバー攻撃に対して証拠を明確にしてロシア外交官35人を国外追放した。プーチン・ロシアとトランプ大統領は奇しくもこれを不問にした。

  さて私は、トランプ大統領を選んだアメリカ国民の神聖な選択にいささか異を唱えているわけでない。私も圧倒的大多数と同じくクリントン氏当選を当然に予想していた。一方、本音では共和党トランプ氏のイデオロギー、対外政策、更には実業人としての経済政策に魅力を感じその当選をこそ密かに期待していた。
  そのトランプ氏が当選し、確かに世の中は劇的に変わった。全く異質の経済政策、安全保障対策、外交政策と世界中の耳目を一身に集める。刮目すべきことも多く見る。しかし同時に、その発想や動機や行動が全くに不規則で予測不可のところ、とりわけ衝動的、感情的とも取られかねない行動に対し、米国の最高指導者として本当に大丈夫かという懸念を日増しに募らせる。FBI長官解任も「疑惑隠蔽」という基準からすれば、実はウォーターゲート事件どころではないとも言われており、むしろこれから大統領と向き合う米国の議会、メディア、民衆の力量こそが試される。

  トランプ氏にとっての本当のライバルは、金正恩氏ではなく、習近平氏であり、プーチン氏であることを忘れてはいけないのだ。