■ 嗚呼、ルパング島からの帰還、旧軍小野田寛郎(ひろお)少尉の戦後

  フィリピンのルパング島のジャングル奥には戦後盗賊が潜んでいた。村人への危害、銃器による殺傷事件もしばしば起こした。日本の敗残兵とは分かっていた。フィリピンと日本が合同で大規模捜索を重ねたが上手くいかなかった。
  「鈴木紀夫」という日本青年が一人で山探しをしてその敗残兵と遭遇した。旧陸軍の規律を以ってすれば投降してもよいと約束したので、後日、その儀式は実行された。兵は旧上官が軍律通り下令したのを受けて銃を降ろした。さらにフィリピンのマルコス大統領は彼への刑事責任を恩赦した。その儀式は大統領宮殿で挙行された。
  かくして1974年(昭和49年)3月、小野田寛郎元少尉 は旧軍人として日本に帰国した。戦争が終わって実に29年目、もちろん世界中が驚愕した。...
  日本政府はフィリピンとマルコス政権にいたく恩義を感じ、戦時賠償とは別に3億円の経済支援を決めた。しかし土壇場でマルコス大統領はその受け取りを拒否した、何故ならフィリピン国は単に国際道義を果たしただけであり、また小野田氏の軍律への忠誠心は新生フィリピン国民への模範足り得るもので、金銭報酬は馴染まないとした。最終的には民間の社会組織への基金造成に運用された。
  この小野田氏事案は、以後の日本とフィリピンの友好関係の増進に大いに役立つことになった。
  小野田氏はその後ブラジルに移住し農園開発に従事、一方、日本の社会教育にも大きな影響を残した。(NHK 深夜放送より)

  1975年だったか、私は米国ボストンに留学中、小野田寛郎氏がハーバード大学で講演されたことがある。ブラジルに移住される途中だったか。講演後、駆け寄り握手して労を労った。氏は和歌山県の出身で、私の妻が同県人ということで、そのことも話題で盛り上がった。