2016年

7月

29日

■ 「泡沫候補」諸君、健闘を祈る

  選挙が続いている。参議院選挙が終わったら東京都知事選挙と賑やかで、自分も無関心ではいられない。ところで選挙で不思議なこと、それはいわゆる「泡沫候補」がたくさんいること。都知事選にも20人近くいる、( 失礼ながら)絶対に浮からない、誰が見ても通らない、マスコミも相手にしない、多分本人もそれをよく知っている。それでも何故選挙に出るのか、選挙に出るには供託金などキャッシュで500万円は必要、諸経費は全部で1000万円は下らない、何故それでも出ようとするのか、何か余得でもあるのか。
  実は彼らは本当に真面目なのだ、本当に真剣なのだ。初めて訪れた晴れの舞台に、自分の全てをぶつけたい、当選とその可能性をひたすら信じて。なんと活き活きした毎日であるか、民主主義に生まれたことに感謝して、世の中を直すために、自分の思う存分を発言し行動し聴いて貰える・・・かくして候補者の毎日は、幸せと満足と快い疲労に浸っているのです。
  何故、貴殿( 原田さん)は分かるのですか? 何故なら、私が...「泡沫候補」だったからです。もう30年も前、1回目の選挙、他人は私を「泡沫」と呼んでいたでしょう、しかし自分だけはもちろん自信満々、勇気溌剌、多くの人を引き連れて断固として活動しました。そして疲労困憊の中での投開票日、私は早々の落選を告げられた、何より辛かったのはこんなにも票が少なかったこと、供託金が没収されたことは「泡沫」の証でもありました。私がおよそ選挙で本当に泣いたのは、その晩のことでした。
  私は、だから「泡沫」諸君が愛しくてたまらない。懸命に頑張り、一筋の光を信じ続け、他人は他人、自分は自分、ひたすらこの3週間を闘い抜く、その毎日の生き甲斐たるや「当選」の2文字に劣らないほど意味の深いものがそこにあるのです。