2016年

7月

16日

■ 明治の愛国者、「日露戦争とマダガスカル」

  日露戦争( 1902年)は日本とロシアだけの戦争ではなかった。日本という有色人種の後進国が、ロシアという白色人種で圧倒的な帝国主義大国を倒したことは、日本がこれを境に富国強兵を進め帝国列強への道を一層歩み始めたこと、他方アジア、アフリカの植民地でただ蒙昧(もうまい=無知)なだけの民族たちに等しく生きる希望と誇りを与え、遂には独立運動への明確な契機となった・・・というのが、今日の近現代史の通説である。
  実はその日露戦争に日本が呻吟( しんぎん=苦悩)していた頃、ひとりの日本人実業家がマダガスカルにいた、「赤崎伝三郎」で熊本県天草の出身、国では食い潰して一攫千金を目差して海外にいた。赤崎は大きな艦隊がしばし港に逗留していることに気付きインドの日本領事館を通じて「露艦隊見ユ」を本国に打電した。日本はロシア艦隊の動きを察知したので、東郷平八郎元帥はここに万全の態勢でバルチック艦隊を迎え撃つこととなった・・・。
  赤崎はその後海軍から表彰を受け、また実業家としても大...きな成功者として明治列伝に名を残している。
  マダガスカルは日本より1倍半大きい島国で、アフリカとは全く異なる民族と歴史、マレーシアやイスラムの影響が強い。未だ最貧国で実質一握りのインド人が経済支配、近時は中国人の進出が顕著。
  今日は筑紫野市文化学芸連盟の講演会、講師は「藍澤光晴」久留米高専教授。