2016年

6月

26日

■ 『炭坑節』、哀しみと喜びと

  夏になるとまた盆踊りがやってきます。盆踊りといえばなんたって「炭坑節」でしょう。私は「炭坑節」の発祥の地、福岡県筑豊地区で生まれ育ったので、「炭坑節」には子どもの時から馴染んでいます。踊りも多分、上手です、何処でも踊るし、皆んなに褒められたり、笑いを誘ったり。昔の選挙区、神奈川県横須賀市の盆踊り大会でも、余りに上手、というか面白いので中央の上がり台に上がって踊りの模範を見せ、やんやの喝采を浴びたこともあります。
  「炭坑節」はその名の通り、坑内で働く炭鉱夫たちの仕事唄から始まりました。炭鉱の仕事はきついものでした。何百メートルの地下で真っ暗、熱くて湿度は100%以上、粉塵で鼻の穴は真っ黒になり、何より危険なことは落盤、ガス爆発、水没・・多くの多くの労働者が亡くなりました。どんなにきつくても、しかし、彼らはもちろん止めるわけにはいきません、食べるために、家族を養うためには黙々と働きました。過労や苦しみを紛らすために口ずさんできた、深い地底からやっと生きて出てきた時に感づる切ないほどの幸せ、こ...れがあの唄となったのでしょう。
  原田巌さん、(私とは縁はありませんが、)「炭坑節語り部」として日本経済新聞( 6月24日)に「炭坑節」の縁起を書いています。父も坑内夫、祖母は坑内事故で死亡、一家が炭鉱マンでした。彼が学校出る頃、炭鉱は今やエネルギー革命で斜陽産業、遂に炭鉱への就職は出来なかった。それを聞いた父親が、「ああ、やっとこれで炭鉱と縁が切れる」と呟いたという。
  原田さんらは、この「炭坑節」を日本人の心を歌う大衆歌として更に広めていきたい、できれば外国に行って外国の人たちにも聞かせたい、という大きな夢を持っています。月が出た出た月が出た~~、今年も全国、夏の夜空にあの哀愁と万感を込めたバチの音が響き渡るのでしょうか。           ( 写真は発祥の地、福岡県田川市)