■ 友のために泣く。舛添都知事のこと

  意を決して、やはり書くこととした。舛添都知事のこと。舛添氏は今国中の怨嗟の中にいる。議会で火だるまとなっている。全ての報道で袋叩きである。全ての政治家から非難されている。当然の報い、その所作は余りにひどかった。傲慢だった、人の意見を聞かない、公私を弁えない、金の管理にルーズ、とりわけ政治資金は公金なのだ、思いつきのやりとり、およそ 政治家の資格はない、最後は辞めるしかないのかも・・・何より普段の不徳が今日を招いた、身から出た錆。
  政治家というものは、実は特別の人間ではない。幼少の頃、若い頃、偶々人より早く世に目覚めた。そして刻苦勉励、貧しい中、学校では懸命に勉強した。社会に出るも、当然人より苦労は付いて回る。そして、さらに選挙は特別だ。地位があっても、家柄があっても、仮に潤沢な資金があっても、選挙に出ること、ましてや当選することは本当は大変なことだ。多くの多くの人との出会い、人智を超えた運不運が全てを決する社会でもある。
  政治家は常に立派な人であろうと努力する。出来...れば人格者、人望を備え、「聖人君主」とまでは望まない、最高の道徳者たるを目指すものだ。舛添氏も例外ではない。最高の知性と学識を備え、野心とともに政治階段を登ってきた。ある時は総理総裁候補にも擬せられた。参議院選挙では160万票、都知事選挙では210万票を取ることは、自民党が背後にいたとしても実は並大抵ではなかった。繰り返すが、政治家も完全な人はいない。悩みもある、気迷いもある、法を冒す弱さも誘惑もある。普通の人となんら変わらない。
  私は舛添氏とは政治家として、ある時期一緒に仕事した。切れ者に共通する剛直さと、しかし同志を気遣う人情は人一倍、だからあの圧倒的人気で当選した。この類い稀な能力と資質こそこの国の指導者として必要なものであった。5年も前、落選中、落魄の私の応援に駆けつけてくれたのも厚労大臣の彼であった。
  かくして彼は今、地獄の渕にいる。身から出た錆であり、同情の余地はない。しかし今こそ彼が本当に真人間になるかの瀬戸際か。刑事事件ではない、知事になる前の事件であると言ってももちろん誰も許さないが、過去を洗いざらいに反省し再起を誓う彼に、もはや嘘はあるまいに。
  『一源三流』という言葉がある。剣聖山岡鉄舟の言葉、「国のために血を流し、親、子のために汗を流し、友のために涙を流す」、そう、武士、武人の徳目は、一つの「源」、この国に生まれた者の持つ真心と強い絆から流れ出てくるという。万万が一、君に社会復帰があるとしたら、君は本当に生まれ変われるか、国家社会のために全てを捧げられるか、地に堕ちた信頼を取り戻せるか。
  舛添君、君のために泣いている多くの友がいることも決して忘れるな。