2016年

5月

09日

■ 憲法改正の「9条問題」

  憲法改正というと憲法9条が最大の論点となる。私はこの問題、次のように考えており、皆様の議論の参考になれば幸いです。9条1項はそのまま、2項は全面改正とするもので、実はこれは自民党の改正素案でもあるのですが。
  憲法9条1項は「永久に戦争を放棄する」とあり、正しくは「『侵略戦争』の放棄」こそが正しい。なぜなら自衛戦争、個別的、集団的自衛権は、パリ不戦条約( ケロッグ・ブリアン条約 1928年)にも国連憲章(51条)でも禁止されていない、むしろ保障されている。
  第2項前段は「 陸海空その他の戦力はこれを保持しない。」と書く。今の自衛隊が「戦力」でないと見ることは極めて不自然で、いかなる意味でも「戦力」である。戦後70年、今国民の90%以上が自衛隊の存在と必要性を認めている。しからば国民の圧倒的な国防意識を素直に憲法に書き込むことこそ自然であって、国民にとっても分かりやすく受け入れ易い。遠に使命を終えた条文に固執して自衛隊が「違憲」であると言い募る憲法学者の論法こそ改めなければならない。
  第2項後段には「国の交戦権はこれを認めない」とあるが、「国防」は国家のなすべき最も根本かつ普遍の仕事で、外敵から国民を守り、生命や財産、人権を守ることが国家である。「交戦権」を否定するとは、国が憲法の義務付けている国民の生命、財産、人権を守ることを放棄すること、敵が攻めてきても反撃しないことを意味する。
「戦力」と「交戦権」を否定したら国の存立そのものも成り立たないので、憲法条文との整合性を繕うために「自衛隊=実力」などと無理、無体な憲法解釈を重ねてきた。国の将来を思う時、屁理屈や詭弁をこれ以上続けることは許されない。
  かくして9条第2項は「自衛隊の保有」と「自衛権を行使する」ことをしっかり明記するよう改正すべきである。これによりわが国は初めて、晴れて、名実共に「平和を希求する国」となる。

 

( 5月3日の憲法記念日、福岡市での記念大会にて、私は以上のことをあいさつで述べました。持ち時間が短く(4、5分)、真意が伝わらなかったことを心配していますが、意のあるところをご理解下さい。)