■ 「戦後70年談話」

  終戦の日が近付いている。今年は安倍首相がどういう「戦後70 年談話」を出すかで政治的関心が集まっている。私は談話を出す必要性は余りない、得るものは少なく、要らぬ混迷を引き起こすと言ってきた。安倍首相が日本の行く末を、堂々と自由に発表するのなら良い。しかし案の定、また予想通り、これを機会に中国、韓国、さらに米国までもが様々な文句や注文をつけてきた。国内でもみくちゃにされ、外国も度々それに言及し、昨日のASEANでも中韓外相会議が歴史認識で「反省」と「お詫び」を入れろと改めて注文つけた。中韓にただ文句の機会を与えるだけではないか。また談話で何を言っても結局は左右両翼が非難をするであろう。
  私は、例えば国会の本会議演説で(施政方針のように)、首相が想いの丈をひたすら自分の言葉で発表することで十分と思っている。一方、談話の準備も着々と進んでいる模様だ。「21世紀構想懇談会」の報告も出たが、安倍首相には本物の「談話」では私のような懸念にもしっかり応えて欲しい。
  更に国として首脳会談のことは余り言い出さない方がいい。専ら日本のみがそれを望み、中国や韓国がそれを受けて立つという構図が目立つ。余り強く望めば姿勢も卑屈になり、条件をつけられたり、譲歩を強いられたりする。また出掛けて行くばかりが能じゃない。首脳が会うのが両国、双方のためなら、もっと折衝はイーブンの方がよく、時機が来るまで突き放すことも必要である。首相の一挙手一投足には、国民が目を凝らして祈るような気持ちで見つめている。