■ 明治産業遺産のユネスコ登録

  日本の明治産業遺産のユネスコ登録が正式に決まった。実に最後まですったもんだした。5月初め、その事務局たるイコモスが日本の明治産業遺産の登録を勧告した、その段階で事実上決まったはず。ところが韓国が異議を唱えた、いちゃもんと言っていい。日本は大騒ぎになった。中国まで悪乗りした。私は自民党内をまとめて首相官邸に出向き、政府の確実な運動方の念押しに行った( 6月4日 )。外交努力が実って、日韓外相会議で一応折り合った( 同22日 ) 。首脳会談も見通しがついた模様。

  そしていよいよドイツでユネスコ会議が始まった。案に相違して、いきなり韓国が難癖をつけ始めた。驚くまいか、交渉の現場は混乱した。そして1日遅れた7月5日、原案通り、8県23ヶ所の産業遺産が決定した。今回とにかく滑り込むこと、これを逃せば多分永遠に望みが絶たれる。とりあえず所期の目的は達したが。
  然し、幕切れは極めてあと味悪し、韓国という国柄を改めて見損なった。多分全ての日本人が落胆しただろう、この喜びの時に。そして、もし今回の結論の裏に何か取引き、外交上の裏約束でもなかったか、と疑うのがむしろプロの常識。「 強制労働」 という概念の違いが、また紛争のタネになるか。
  私は本当に韓国のために悲しんで止まない。