■ フランスのゲリラ事件と言論問題

  フランスでのイスラム過激派の新聞社襲撃事件は多くの犠牲者を出し、また言論問題にも影響は及んだ。まずイスラム過激派の暴挙は、アルカイダやイスラム国の動きを見ると最早難しい国際政治というよりも、宗教から来るのか、民族からくるのか、単なる破滅的な犯罪としか思えない。国際的な協力で徹底した壊滅作戦と警備とで対応するしかない。そして善良かつ一般的なイスラム教徒やイスラム諸国の人々が蒙る戸惑いや迷惑は如何許りかと心から同情を禁じ得ない。
  今回のゲリラは新聞社という言論機関を襲った。言論の自由を奪いこれからの言論活動を封圧せんとする動きは近代的民主主義に対して極めて深刻な影響を与えた。事件の犠牲者を西欧諸国が国境を越えて悼んだ理由はそこにある。

  しかしそれを敷衍 ( ふえん )するなら、犠牲になった人命はもちろん大事であるが、そもそも言論の自由という権利さえ与えられない国民はどう救われるのか。北朝鮮や中国、一部ロシアも、いや産経新聞支局長を拘束する韓国も。発言すれば罰せられる、あるは権利を剥奪され、あるは極刑にまで及ぶ。我々、西欧型民主主義に育った人間が真に悼むべきは、銃弾の犠牲者ではなくむしろこれら全体国家に住まう可哀想な国民なのだ。