■ 錦織圭選手で国中が湧く

  錦織圭選手で今国中が湧いている。優勝は叶わなかったが凄いものである。テニスには関心のなかった自分も今度ばかりは興奮した。本場アメリカに早くに渡り、有能なコーチとも巡り会い、その練習環境は特別に恵まれていたにしても、本人のガッツと努力を抜きにして今日を語ることは出来ない。小学校の卒業文章の中にもうすでに「世界一」を明確に意識していたというから、「本物」とはこういうケースをいうのだろう。改めて日本人に自信と底力を感じさせた。
  転んだ相手にゆるいボールを打ち返した選手がいた。試合には最後負けたのだが、そのフェアプレーに対して観客は総立ちで讃えたという。1919年、ウィンブルドン大会での準決勝、相手は米国のチルデン、当時世界の第一人者。清水善造は爾来フェアプレー精神の象徴と讃えられている。
  自分の球はいつもゆるかった、と死ぬまでそのことを誇ることはなかった 。清水善造も全米オープンで大活躍した。錦織こそ清水に続く日本の星である。