■ 心痛む、佐世保の女子高生事件

  佐世保市で起こった女子高校生殺人事件、余りの内容に言葉を失います。被害家族への慰めの方法も見つからないし、加害者の親御さんにも責めるどころか同情の気持ちさえ湧いてきます。報道でも様々な評価がなされ始めました。本件非常に難しい問題を孕んでいます。加害の女子高校生は恐らく特殊の精神的な病気で、その異常性は少し前から両親、担当医師、行政( 警察、児童相談所など) もはっきり認識していた。事態は逼迫していたともいう。しかし遂に間に合わなかった。
  今の刑事手続は犯罪が起こってから始まります。犯罪が起こる前から、恐らく起こる、きっと起こるという可能性や蓋然(がいぜん)性では捜査や逮捕や拘束はもちろん出来ません。昔は「保安処分」という実際の制度があり、犯罪を起こす情況証拠が揃えば事前に拘束したりもありましたが、戦後はその運用に政治犯、思想犯への行き過ぎがあったという反省や...人権擁護の思想普及から廃止されました。
  情報化、都市化、高齢少子化など高度に社会変化が進んだ今日、犯罪も複雑多岐になり全く予期せぬ態様のものが出てきます。最近のストーカー事件のように事件が発生すると何故止められなかったかという議論が巻き起こりますが、犯人(実行者)を事前に拘束することは、法的にも極めて難しい。実際の見極めが難しく、一つの犯罪を防ぐのに10人を拘束するということにもなりかねない。
  「保安処分」については刑事手続とは別に刑事政策の観点から、他の国でもいつの時代でも真剣に検討されてきました。日本でも精神病治療との関係で犯罪歴があったり常習性が強いものなどの対策(触法精神障害者の社会的入院、強制治療など) が例外的に法制化されたりしています。未成年については保護処分とか保護観察を念頭においた少年法体系が出来上がり、また行政上児童相談所(児相) の充実強化などを目指していますが、未だ十分とは言えません。
  今回の佐世保事件は、答えの出ない根の深い問題を世に投げかけてもいるのです。