■ 世界記憶遺産「山本作兵衛展」( 田川市 )

  筑豊の炭鉱で働き通した山本さんは昭和59年に92歳で亡くなりましたが、昭和40年代、我が国から炭鉱が消えてしまうのに合わせて、その時々の情景や記録を克明にスケッチに落としました。1000枚に及ぶ画面には炭鉱時代の苦しさ、楽しさ、庶民生活のありのまま、その背景や個人的思いを実に丁寧に説明が入れてあり、恐らく一級の時代考証資料とも言えるでしょう。独学で学んだであろう絵画の才能に加えて、生真面目な状況描写は見る人に感動を与えずにはいられない。彼の言葉、「私の絵に一つだけ嘘があります。あの過酷な坑内作業を明るい光で描いたことです。」炭鉱の坑内作業は殆ど真っ暗な中で行われたのでしょう。

    平成23年(2011年)のユネスコ記憶遺産に日本では第1号として指定されました。
      私は筑豊の炭鉱地域で生まれました。父親は炭鉱会社に勤めており、「炭住」と言われる会社社宅に住んでいました。父親は事務職員で、採炭するいわゆる工員ではなかったのですが町中に工員さんが溢れ、高校に入るくらいまではいつもそういう環境にいました。実は就職先に旧通産省を選んだのも、通産省が行政的に炭鉱を監督していたことに遠因があります。
山本作兵衛さんが世界遺産に選ばれた時、自分のことのように喜び新聞やテレビでは納得できず、今回ようやく本物を見て夢が叶った思いです。炭鉱博物館には炭住長屋も併設されており遠い思い出に浸りました。