■ 『人を憎むことが出来るなら、人を愛することも出来るはずだ』

<ネルソン・マンデラ氏の生涯>(NHK特番)
 マンデラ氏の故郷アフリカの田舎には土着の民主主義があった。何事も村中で集まり、皆が好きなだけ発言し、最後に村長(おさ)が意見をまとめて一件落着する。マンデラ氏は指導者(リーダー)の原型をそこに見た。だから彼は、差別反対闘争のいつの局面でも協調と融和を目指した。アフリカーナー(オランダ系白人)のアパルトヘイト(黒人差別)政策が強化され、各地で暴動が起き大量の虐殺事件、犠牲者が出た。彼は無抵抗主義、平和主義ではもはや事態は解決しないと翻意、今度は徹底した暴力戦術を指導した。逮捕投獄されたのはその頃、44歳のときであった。投獄中、彼は模範囚として囚人たちをまとめた。『Free Mandela.(マンデラを救い出せ)』のうねりは国際的な拡がりとなって、国連もそれを後押しした。27年を経て解放されたのは実に71歳のとき。彼の第一声は、アフリカーナーたちへの呼びかけだった、「共に立ち上がろう」。大統領になったマンデラ氏は副大統領に白人を起用し民族融和を心掛けた。