■ 旧八幡製鉄、同期会

 旧八幡製鉄(現新日鉄住金)の昭和43年入社組・45周年同期会「怒濤(どとう)会」が北九州市で行われた。出席約60人、皆相応に年齢を取ったが、会えば若き昔にプレイバックする。大方は定年でリタイアしているが、私なぞ例外といえる。実は私は1年弱で会社を辞めた。本来同期会というのも肩身が狭いが、彼らは変わらず仲間として呼んでくれる。私はいつも君らの友情に涙が出るほど感謝していると挨拶する。
 私が選挙に出始めたとき、もう30年近く前、懸命に応援者、支援者を求め歩いていた。意を決して新日鉄の当時会長斉藤英四郎氏(経団連会長)に挨拶に行った。最高に偉い人であった。自分は新日鉄に入ったが、僅か1年で辞めた、とおそるおそる告げた。すると会長は「1年でも何年でも先輩は先輩だ」と励まして頂き、遂に会長の名前を「後援会長」として使うことを許された。その名前がどれほどの威力を発揮したか、本当に量るべくもない。
 私は戸畑の溶鉱炉で初任者研修を受けた。雄々しく聳える溶鉱炉、真夏の暑い日、灼熱の炉前で懸命に働く労働者のことをよく思い出す。新日鉄は永遠だ、と独り力む所以(ゆえん)である。